このような魔女の姿にさらにメランコリー(憂うつ)症者と食人するインディオのイメージが絡みつく。『魔女をまもる。』でも描かれているように、当時、魔女とされた者を医学に基づきメランコリー症者とみなすかどうかは論争の的だった。メランコリーに罹るのは黒胆汁過多のためだが、当時「発見」されたアメリカのインディオもまた人種分類で黒胆汁質とされた。同類としての「食人するインディオと魔女」という誤った認識が成立したのである。

 こうして見ると、魔女が当時のヨーロッパの差別問題の核に位置づけられる存在であったことが見えてくるだろう。黒死病の流行は不確かな情報を通して差別と迫害の対象を生み出し、最終的に魔女という想像上の存在を結晶化させ、大量の無実の人々を死に追いやった。このように未曽有の災厄に見舞われたとき、人は差別対象を作り上げてしまうものだ。今回のコロナの流行でも同様のことが起こっているのではないか。『魔女をまもる。』では医師のヴァイヤーが魔女を差別から救おうとしたが、コロナ禍ではその医療従事者が差別対象となっていることは大変な皮肉としか言いようがない。

<著者プロフィール>
黒川正剛(くろかわ・まさたけ)
1970年京都市生まれ。太成学院大学教授。専門は西洋近世史。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。著書に『魔女とメランコリー』『魔女狩り―西欧の三つの近代化』『魔女・怪物・天変地異―近代的精神はどこから生まれたか』などがある。