サバトに空中飛行して赴く動物に変身した魔女たち。ウルリヒ・モリトール著『魔女と女予言者について』1493年頃より
サバトに空中飛行して赴く動物に変身した魔女たち。ウルリヒ・モリトール著『魔女と女予言者について』1493年頃より
デューラー作『山羊に後ろ向きに騎乗する魔女』1500年頃
デューラー作『山羊に後ろ向きに騎乗する魔女』1500年頃

 コロナ流行は収まる気配がなく、それに伴い世界で差別が起こっている。欧米ではアジア系の人々に対するSNS上での脅迫や傷害事件が起こり、日本では感染者の雇い止めや医療従事者とその子どもに対する差別などが深刻化している。

【デューラー作『山羊に後ろ向きに騎乗する魔女』はこちら】

「感染症の流行と差別の連鎖」という現象は過去にもあった。ヨーロッパの魔女狩りである。ただし感染症流行の原因として魔女が迫害されたわけではない。事情は複雑であり、長い時間的スパンで考える必要がある。

 SNSなどで話題の歴史漫画『魔女をまもる。』(槇えびし著/朝日新聞出版)の主人公であり、実在した医師、ヨーハン・ヴァイヤーが救おうと苦闘した魔女たちの背後に横たわる歴史を太成学院大教授で西洋近世史が専門の黒川正剛氏に解説していただいた。

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■黒死病の流行と差別が魔女イメージへ結晶化した背景

 魔女狩りが猛威をふるった16世紀後半から17世紀前半の魔女のイメージは、この時代に突然生まれたわけではない。それは中世以来、被差別者の様々なイメージが蓄積され、作り上げられたものだ。この融合を引き起こした重要な原因が1346年から1350年頃にかけて大流行した黒死病(ペスト)である。

 黒死病はネズミ類の病原菌であるペスト菌が、ノミを介して人間に伝播して発症する。患者からの飛沫、また皮膚や粘膜からも感染する。急性の感染症で死亡率が極めて高い。悪寒・頭痛・嘔吐・高熱などを伴い、敗血症を起こすと皮膚が黒ずむことからこの名で呼ばれた。黒死病の大流行で当時のヨーロッパ総人口の3分の1が死亡したという。その結果、中世社会は激変した。

 当時の人々は当然黒死病を恐れた。しかしペスト菌に関する情報はなく、その存在すら知らなかった。ペスト菌の発見はそれから約550年後の1894年のことだ。

 原因がわからないなか、奇妙な恐ろしい噂が広まった。ユダヤ教徒がキリスト教徒を毒殺するために井戸や泉に毒物を混入しているというのだ。

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噂は噂では終わらなかった…