そんな当事者の話を瀧本さんが知るはずもありません。10代のころはレディースの服でも入った自分が、鏡の前では今や別人。7年前の体重は62キロでしたが、おそるおそる体重計に乗ると「error」の表示が出ました。瀧本家の体重計は100キロを超えるとエラー表示になるそうですが、そもそも事態がのみ込めていない瀧本さんは完全に狼狽。汗も噴き出てきたため、ひとまずはお風呂場へ行きました。

 汗を流すと少しは落ち着いたそうです。「なんだか玉手箱を開けた浦島太郎みたいだな」と思いつつ、裸にタオルを巻いて居間へ。居間では得意だったピアノを弾き始めました。ただし、ブランクもあり思うように指が動きません。「昔はもっと弾けたのに」などと思っているところへ母親が買い物から帰ってきました。

 この日まで、7年間、親とはほとんど顔を合わせていません。ひきこもっている罪悪感から同じ屋根の下にいながらも避けるように暮らしていたからです。ひさしぶりにまともに顔を合わせた瞬間、 母親はこう言ったそうです。

「どうして裸なの?」

 ドラマならば、母親が泣き崩れても不思議ではない場面です。感動的な親子の再会の場面です。また、親として直接会えたらば伝えたいことがあったはずです。「心配してたよ」とか、「よく部屋から出てきたね」とか。でも実際に口をついて出た言葉は「どうして裸なの?」。

 大事な局面に出くわしたときに、人は思わず目の前の状況の確認をしてしまうものなんですね。ドラマやテレビではひきこもりが終わった瞬間を感動的に描きがちですが、現実はこんなものです。むしろ、この日の前後が大事なんです。

 たとえばこのあと、瀧本さんは母親と話し合って目標を立てます。それは「ひとまず痩せること」。瀧本さんは母親と真夜中の散歩をするのが日課になり、1年間で30キロ以上のダイエットに成功したそうです。ちなみに成功する秘訣は「ダイエットの過程そのものを楽しむこと」。

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そもそも、なぜ「ひきこもり」を始めたのか