「ガングロコギャルブームの反動は大きいと思います。その子先生は、ダイエット本の大ヒットも経験しており、まるでファッションのように、コスメや美容に旬があることを体験的にわかっていましたね。時代の寵児と呼ばれる人はそういう大衆が群れるところに竿を落とす勘所があると思われます」

 ところで、その子さん自身は、ブームを本当はどう思っていたのだろうか。天然キャラで、無自覚だったのか。SONOKOの女性スタッフはこう話す。

「テレビに出ていじられることに対しては、嫌だとか、恥ずかしいとかは思っていなかったと思います。むしろテレビに出ることで、直接会えない会員さんに元気な姿をみせることができるからいいのよ、って言っていたそうです」

 テレビの世界で最も近くにいた水道橋博士も似たような意見を持つ。自らが広告塔となり世間にさらし者になることに躊躇をしていない、前に打って出ていたと。

「ブームには、意志を持って乗っかっていく決断をされていたと思います。社長としての振る舞いとして神輿に乗るのをよしとしていましたね」

 もともと経営者として働き詰めの生活だったが、ブームで忙しさは加速。2000年11月末、パリから帰国すると、銀座の店に立ち寄り、その足で「いいとも」に出演するために新宿のスタジオアルタへ。その子さんは「元気です」と言っていたが、側にいたスタッフにはどこか疲れているように見えたという。

 それが、その子さんが表に出てきた最後になった。12月5日、風邪をこじらせて肺炎のために亡くなった。68歳だった。

 あれから、20年の月日が流れた。

 2021年1月20日、その子さんの誕生日に令和版「やせたい人は食べなさい」が出版される。白米のごはんを主食にするその子さんの食事法を紹介する内容だ。最近の糖質カットダイエットへのアンチテーゼでもあるという。

 水道橋博士いわく「美容に旬があることをわかっていた」その子さん。生前、やり残したことがあるとも口にしていたとか。

 彗星のごとく現れ、去っていったカリスマ。再びブームはわき起こるのだろうか。(AERAdot.編集部/鎌田倫子)