映画『ミセス・ノイズィ』の天野千尋監督
映画『ミセス・ノイズィ』の天野千尋監督

 ささいなご近所トラブルが引き起こす、隣人同士の対立を描いた映画『ミセス・ノイズィ』が12月4日、全国で公開された。映画のモチーフになったのは、2000年代前半に世間を騒がせた奈良の「騒音おばさん」事件。布団叩きや大音量の音楽などの迷惑行為で隣家の住人を攻撃する様子が、マスコミで連日取り上げられた。

 本作の脚本も担当した天野千尋監督(38)は、騒動の当時は大学生。なぜ今、20年近く前の事件をモチーフに選んだのだろうか。

「人と人とのディスコミュニケーションから生まれる対立を描きたいと題材を探していたんです。身近な喧嘩としてご近所トラブルについて調べるうちに、騒音おばさん事件に行き当たりました。当時は、おばさんのインパクトにマスコミが大騒ぎしていた印象でしたが、騒動後に『実はおばさんはマスコミに悪者に仕立て上げられた被害者だ』といった揺れ戻しの評価があったことを知って。真実はわかりませんが、どの立場から事件を見るかによって、被害者と加害者どちらにも転ぶところがおもしろいと感じました」

 主人公・真紀は、スランプ中の小説家。夫と娘とともにマンションに引っ越してきたことから、隣の住人・美和子による騒音や嫌がらせに悩まされるようになる。家族ともぎくしゃくし、ストレスのたまった真紀は、美和子を小説のネタに書くことで反撃に出る。

 真紀と騒音の主である美和子、双方が「自分は正しい」と思い行動することで衝突はエスカレートし、後半は思わぬ方向に事態が進んでいく。

「人は視点を変えることで悪人にも善人にもなるということを盛り込んだ映画にしたかったんです。現実の社会でリアルに生きている人には完全な悪人や善人はいなくて、どちらの要素ももっているものですから。悪を告発したり弱者を救済したりするのではなく、人間の欲や甘さを描くことで、エンターテインメントとして笑ってもらえる作品を目指しました」

 ささいなご近所トラブルは、やがてマスコミやネット社会を巻き込む大事件へと発展。SNS炎上やメディアリンチなど現代のネット社会を取り巻く状況がタイムリーに描かれる。

「SNSは情報量が少ないために一面的になりがちです。また、無意識のうちに自己承認欲求を満たそうという意図が働くので、事態が思わぬ方向に発展しやすい。軽い気持ちで発信したことが誰かを傷つけたり、凶器になったりする。そんな怖さを感じます」

 本作は第32回東京国際映画祭で大反響を呼んだ。また北米最大の日本映画祭「JAPAN CUTS」で観客賞を受賞するなど、海外での評価も高い。

「海外での上映では理解されるか不安もありましたが、どの国にもご近所トラブルはあるようで、受け入れていただいています。私が描きたかったことが国を超えて理解されている、そのことがとても励みになっています」

(文/上野裕子)