「はみ出す」ということは「枠を超える」という意味でもある。早い時期から“ノマド・クリエイター”を自称していた石岡の創作活動は、ジャンルも国境も常識も超えていた。

 石岡瑛子のファースト作品集『EIKO by EIKO』(1983年)を刊行した出版社の社長、ニコラス・キャラウェイ氏はこう言う。「エイコの仕事を初めて見たとき、これは『新世紀への予言』だと感じた。私は彼女の作品に未来を見たんだ」

 そう考えると彼女は、少し早すぎた人なのかもしれない。そういえばアマビエも、豊作や凶作を予言するために出没するクリーチャーだと聞く。展示への反響を見ていると、「やっと時代が石岡瑛子に追いついた」との感想さえ湧く。

 東京都現代美術館の展示「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」には、そんな石岡が手がけた代表的プロジェクトがほぼ網羅されている。“世界初の回顧展”にふさわしい充実した内容と言えるだろう。

 石岡が関わったプロジェクトの多くは、ハリウッドやブロードウェイなど、権利関係がやたら複雑な米国エンタメ業界の仕事である。映画の衣装一着の展示許諾を得るだけでも、そのハードルは高い。

 ゆえに、おそらくこのスケールでの回顧展は、今後、実現不可能と推測する。その意味でも、またとない貴重な機会と言えそうだ。「デザイン」や「クリエイティブ」にあまり関心がない方でも楽しめる展示になっていると思う。

 しかし、私としてはむしろ経営者にこそ見てほしい。「サバイブ」と「芸術とビジネスのマリッジ」を、生涯マントラのように唱え続けた石岡瑛子から、先行きの見えない時代を乗り切るパワーやヒントがもらえるかもしれない。ご興味を持たれた方は、十分な感染対策の上でお出かけいただきたい。

 今後ギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催される、「石岡瑛子 グラフィックデザインはサバイブできるか」では、私も監修者の一人として協力させていただいている。こちらはポスターやブックデザインがメインの展示だが、石岡へのオマージュとなる特別映像も鋭意制作中だ。

 現代日本によみがえった“アマビエ”、石岡瑛子の光を浴びよう。(編集者・河尻亨一)

河尻亨一(かわじり こういち)
編集者。1974 年大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。美大予備校講師をへてマドラ出版入社。雑誌「広告批評」在籍中には、広告を中心に多様なカルチャー領域とメディア、社会事象を横断する数々の特集を手がけ、国内外の多くのクリエイター、企業のキーパーソンにインタビューを行う。現在は取材・執筆からイベント、企業コンテンツの企画制作ほか、広告とジャーナリズムをつなぐ活動を展開。カンヌ国際クリエイティビティフェスティバルを取材するなど、海外の動向にも詳しい。訳書に『CREATIVE SUPERPOWERS』がある。