それではなぜ、原告たちは被害感情を抱いたのか。この問いへの答えを探して、今年8月に出版された『教養としての歴史問題』(東洋経済新報社)を読んだ。

 この本で社会学者の倉橋耕平氏は、慰安婦問題を「女性の人権問題であることは論を俟ちません」「加害者は日本であり被害者は植民地の女性であったことは明白です」と論じる。2019年の国際美術展「あいちトリエンナーレ」での慰安婦を象徴する少女像展示をめぐる事態に触れ「あたかも日本人が被害者であるかのように、議論がすり替えられています」「国際社会が人権問題と認識している『慰安婦』問題が、日本では歴史認識や表現の自由の問題にすり替えられようとしている」と指摘している。

 同書の編著者である前川一郎・立命館大学教授は「戦争や植民地主義が刻印した加害の史実を否認し、そうした歴史そのものを“なかった”fとうそぶく」点では「今日の歴史否認主義は世界史的にみな同一次元の現象であると言える」と解説。戦争や植民地支配の過去を問い直す近年の潮流に反発する動きは日本だけでなく、世界的な現象だと分析している。

 申惠ボン(※ボンは「三」の中央を縦棒「|」が貫く漢字)・青山学院大教授は今年4月に著した『友だちを助けるための国際人権法入門』(影書房)で、国連憲章や世界人権宣言を出発点とする国際人権法は、ナチスドイツによるユダヤ人大虐殺という経験をへてつくられたとして、こう説く。「国内法による人権保障は完全ではなく、機能不全に陥ることや人権を十分に守らないことも往々にしてあるからこそ、人権は国際法上の問題にもなったのです」

 慰安婦問題もまた、日本の国内法や訴訟で解決できなかった国際的な人権問題だといえる。

 9月出版の『性暴力被害を聴く――「慰安婦」から現代の性搾取へ』(岩波書店)も示唆に富んでいた。日本軍元慰安婦への支援活動を出発点に、敗戦直後に旧満州でソ連兵への「性接待」に差し出された女性や、在韓米軍向け「基地村」で米兵の相手をした女性、さらに現代のアダルトビデオ出演で性暴力被害を受けた女性ら、さまざまな性搾取や性暴力の被害者の声にいかに耳を傾けるかというテーマが全体を貫く本だ。

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