「あの球団はいやだ」が一転…選手の入団拒否を覆した監督の“驚くべき行動” (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「あの球団はいやだ」が一転…選手の入団拒否を覆した監督の“驚くべき行動”

久保田龍雄dot.
見事な行動力で選手を口説いた近鉄・佐々木恭介監督 (c)朝日新聞社

見事な行動力で選手を口説いた近鉄・佐々木恭介監督 (c)朝日新聞社

 球団のキャンプ地まで変更するという地元と一体の共同作戦で“金の卵”獲得に成功したのが、06年のロッテだ。

 石垣島が生んだ最速150キロ右腕・大嶺祐太(八重山商工)は、ソフトバンク入りを熱望していたが、高校生ドラフトの10日前にテレビの特番を見て惚れ込んだバレンタイン監督が「ぜひ欲しい」と、1巡目を福田秀平(多摩大聖ヶ丘)から変更して強行指名。競合くじでソフトバンクに抽選勝ちし、交渉権を獲得した。

 当然のように大嶺は「予想もしていない球団でビックリしています」と困惑し、恩師の伊志嶺吉盛監督も「試合に負けたような予想外の結果……」とガックリ。ソフトバンク入りの初志を貫くため、1年間の浪人も辞さない覚悟だった。

 だが、バレンタイン監督は、“行動の人”だった。自ら東京から約2000キロ離れた同島を訪問し、大嶺自身がこだわりを持つ背番号「1」を約束した。

 球団側も高校生としては最高の契約金1億円、年俸1000万円(推定)を提示する一方、30年以上も続いていた鹿児島のキャンプ地を石垣島に移すプランを提案。室内練習場の整備が進んでいた地元は、経済効果が見込めるうえに、郷土のヒーローを間近に見られるとあって、島を挙げて入団を期待するムードが高まった。

 そんななか、大嶺は地元の人々に祝福されてロッテに入団。千葉と石垣島が空を通じて一直線につながった瞬間でもあった。

 指名の翌日、ヘリコプターに乗って説得に来た監督の熱意に打たれ、拒否から一転入団となったのが、96年の近鉄3位・礒部公一(三菱重工広島)だ。

 都市対抗で活躍した強肩強打の捕手・礒部は「オリックス以外の指名なら残留」と宣言していた。

 だが、前年のドラフトで、7球団競合の福留孝介(PL学園)を引き当て、「よっしゃ~!」と叫びながら、思いを遂げられなかった近鉄・佐々木恭介監督が、果敢に“礒部獲り”にチャレンジする。

「心はオリックスに決まっている」という礒部は、近鉄の指名に対し、「高い評価はありがたいが……」と応えたものの、最後まで笑顔はなし。前年の福留に続いて、交渉難航が予想された。


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