では、「愛の不時着」のような違法な侵入とは人の体ではどんな場合でしょうか? 口以外のところから体内に侵入する経路は、面積の大きさを考えると皮膚です。皮膚は角層や表皮など厚いバリアーで覆われていますが、このバリアーを突破して侵入してくる寄生虫や傷口から中に入ろうとする細菌・ウイルスなどは明らかに敵です。こういった敵に対しては免疫で排除しなければいけません。このように、皮膚から入ってきたものを敵として覚えることを経皮感作といいます。

 口から入ってきたものは安全で排除せず、皮膚から侵入してきたものは敵として覚える。経口免疫寛容と経皮感作が人間の体には備わっている。これを二重抗原暴露説といいます。

 皮膚から侵入してくるものは寄生虫や細菌・ウイルスだけではありません。例えば、カニが大好物の人が素手でカニの殻をむき続け、運悪く殻が皮膚に刺さってしまったとします。ここで体の免疫がカニの成分を敵だと覚えてしまうと、その人はカニに対する免疫反応が起きる体となってしまいます。このようにカニに対して免疫が敵と認識してしまうと、次にカニを食べたとき免疫は排除しようと働きます。その結果、吐いたり下痢をしたり、皮膚から入ってきたときのようにかゆくなるなどしてアレルギー反応が起きるわけです。

 このような経皮感作という免疫システムが知られていない時代は、カニ好きの人が突然アレルギーを発症してしまうメカニズムを「コップにたまった水があふれ出した」ものとして捉えていました。つい最近まで世間では「好物でも食べ過ぎたらアレルギーになるよ」と言われていたのは、コップの水があふれ出してしまった状態がアレルギーと考えられていたからです。本当は食べる過程で経皮感作が起きてしまうことが問題なのです。

 人間の免疫システムは本当に巧妙にできています。そして厳密です。大好物がアレルギーとならないように経皮感作は十分に気をつけたほうがいいです。そして、これから「愛の不時着」を見る人は寝不足にご注意ください。はじめの4話を我慢するとハマります。

著者プロフィールを見る
大塚篤司

大塚篤司

大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員、2017年京都大学医学部特定准教授を経て2021年より近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授。皮膚科専門医。アレルギー専門医。がん治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、コラムニストとして医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

大塚篤司の記事一覧はこちら