筆者は4コーナー付近のスタンドにいたのだが、観客のほとんどが直線での攻防ではなくサイレンススズカの痛ましい姿に目をやっていた。4コーナー付近からレースを見れば最後は誰もが右(つまりゴール方向)を向いているものだが、この時は観客たちが揃って左(4コーナー方向)を向いていたため、普段なら絶対に顔が見えない彼らの何とも言えない表情がはっきりとまぶたに映った。あんな経験は後にも先にもこのとき限りだった。

 ちなみにレースを制したのは6番人気のオフサイドトラップ。2着はシルバーコレクターとしての道を歩み始めた4番人気ステイゴールドで、馬連は1万2210円。3着は5番人気サンライズフラッグだったので、当時に3連単が発売されていれば結構な高配当になったはずだ。いずれにせよこの年の天皇賞(秋)は「サイレンススズカが悲劇に見舞われた天皇賞」であり、「オフサイドトラップがG1初制覇を果たした天皇賞」として記憶しているファンは少ないだろう。

 最初にも述べたが、本命馬が勝ってドラマを盛り上げるのも競馬なら、伏兵がシナリオをおじゃんにする金星を挙げるのも競馬だ。2019年の米ケンタッキーダービーで1番人気で1位入線したマキシマムセキュリティが他馬の進路妨害のため17着に降着になった際、ドナルド・トランプ米大統領は「ベストホースがケンタッキーダービーを勝たなかった」とポリティカル・コレクトネスを引き合いに出して裁定に不満をあらわにしていたが、これはいかにも(自分のような)エリートが当然のように勝つのを好むトランプ大統領らしいコメントだ。もちろんこの意見に賛同しないファンもいることだろう。

 繰り返しになるが、何が起こるか分からないから面白いのが競馬(もちろん自分の馬券が当たるのが一番楽しいのだが……)。年末まで続くG1レースのドラマを最後まで見届けようと思う。(文・杉山貴宏)