ディレクターがそんな彼女の核心に迫った場面があった。「田中さんはテレビに出ている田中みな実のことを好きですか?」と問いかけたのだ。

 田中は少しの沈黙の後、「好きとか嫌いで考えたことはないですね」と答えた。イエスかノーで答えるべき質問に、イエスでもノーでもない答えを発するとき、人はその問題から逃げている自分の姿を無防備にさらけ出している。彼女は続けてこう言った。

「怖いからやってるんですよね。みんなちゃんとすいすい泳いでるんだけど、私は実は全然泳げてないんです。泳いでるふうなだけで。バタバタ、ジタバタしてます、水面下で」

 そもそも芸能人というのは「好きだからやっている仕事」の代表的なものだろう。人を笑わせるのが好きだから芸人になる。歌うのが好きだから歌手になる。芸能の仕事を志す人の大半には、そのような純粋な動機がある。

 しかし、どうやら田中にはそれがないようなのだ。彼女はどこまでも周囲の期待に応えようとする。やりたいことがないから、みんながやってほしいと思うことをやる人になった。会社員でありながらテレビタレントの要素もある「準芸能人」の女性アナウンサーは、このワナに陥りがちだ。

 番組の中で、田中は親しいスタッフに「4日連続で家に帰って泣いてしまった」と話していた。口調は明るいがただ事ではない。泣いてしまった原因は自分でもわからないようだ。泣くときにも涙が顔を伝うと肌が荒れるから、下を向いて涙を直接床に落とすようにしていたという。

 泣きたいときに思うがままに泣くこともできないような状況に追い込まれながら、彼女はなぜ仕事を続けているのだろう。「やりたいこと」や「なりたいもの」から発していない芸能活動とは、根本的に空虚である。しかし、田中はそれでもひたすら前に進んできた。

 ビートたけしはかつて「魚にとって泳ぐのが当たり前であるように、芸人である自分が笑いについて考えるのは当たり前のことだ」という趣旨のことを語っていたことがある。この意味で、テレビに出るタレントはみんな魚であると言える。

 エラ呼吸も満足にできないのにテレビの大海に迷い込んでしまった田中は、息継ぎをしながら必死で泳ぎ続けている。持ち前の負けん気の強さを武器にして、それでも結果を出してきた。

 もちろん、今の田中が好きなことを全くやっていないとは思わない。美容に対する度を過ぎたこだわりを見ていると、それに関しては本当に好きなんだろうなという感じがする。老婆心ながら、そのような「自分が楽しく泳げる海」をこれからもっと見つけられれば、もう少しだけ気楽に芸能界を生き抜くことができるのではないかと思う。(お笑い評論家・ラリー遠田)

著者プロフィールを見る
ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

ラリー遠田の記事一覧はこちら