傷ついた自分自身では、そうした自分のつらさや悲しさに直面するのは難しく、どうしてもなかったことにしよう、なくしてしまおうと努力します。しかし、闘おうとすると、不安や恐怖、怒りが生じます。否定的感情に対処しようとすると、さらに否定的感情が生まれてしまうのです。

 そこで、重要なのが「自分で自分をハグする姿勢」です。苦しんでいる自分をやさしく励ましてくれる親友に自分自身がなるのです。そして、その親友の立場から自分に「これまで頑張ってきたね。その息苦しさがなくなるとよいね。仕事が続けられるとよいね」といった声をかけてあげるのです。

「親友」は自分をやさしく受け入れ、頑張っていることを理解してくれているので、安心して心の中にしまっておこうとした感情に気づけます。 自分の苦しみを受け入れていくと、より大きな視点で物事を受け入れる余裕ができます。すると、不思議なことに、自分の仕事への思い入れや同僚や上司の頑張りにも気づくのです。

 すると、「ああ、完璧に仕事はできていないけど、それは自分も同僚も上司も同じだな。みんな頑張っている。一緒にやってみようかな」といった感覚も生まれてきます。自分にやさしい気持ちを向けると、自分も同僚や上司も、自分と同じように仕事を頑張ろうとして、でも誤った行動をしてしまっているだけだと気づき、他者とのつながりを認識できる。Aさんはそこから、職場に行こうという前向きな気持ちが生じてきたのです。

 前述した「自分で自分をハグする姿勢」は、実際に両腕を交差させ、そっと自分を抱きしめ深く呼吸をしながら自分に声を掛けていくと、さらに効果的です。

 最初は、自分に話しかけることに違和感があるかもしれませんが、慣れれば、その心地よさと日々の気持ちの変化に驚かされると思います。私自身も「セルフ・コンパッション」を実践するようになって、想像していた以上に穏やかに過ごせるようになり、研究や趣味や家族との時間に健やかに没頭できるようになりました。あなたもぜひ、今日から始めてみてください。

(プライバシー保護の観点から、事例の一部について変更を加えています)