いま話題の「セルフ・コンパッション」は、自分に対してやさしい気持ちを向けることによって、感情に振り回されることなく、本来の穏やかな自分を取り戻し、ふだんどおりの力を発揮できるように導くものです。

『自分を思いやる練習――ストレスに強くなり、やさしさに包まれる習慣』の著者で、日本における「セルフ・コンパッション」の第一人者である関西学院大学教授の有光興記先生に、日常生活のなかで、今日から実践できる「セルフ・コンパッション」について教えていただきました。

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 私のところに相談に来られた会社員のAさんを例に、お話ししましょう。Aさんは、仕事に息苦しさやしんどさを感じています。仕事自体は嫌ではないのですが、部署全体が忙しく、やつあたりをして叱責する上司がいます。朝起きると、会社に行きたくないのですが、頑張ろうと自らを奮い立たせ職場に向かう毎日です。職場には信頼できる人も相談する相手もいません。

 こうした困難な状況でも、自分の最もよい状態を維持できるのが、「セルフ・コンパッション」という心の有りようになります。 良い姿も受け入れがたい姿も、自分のありのままを受け入れて、自分自身にいつくしみの言葉をかけて苦痛や傷を癒やすのです。

 なかなか状態が良くならないAさんは、このセルフ・コンパッションを知って、少し取り組んでみました。最初は、自分にやさしい言葉をかけるなんて恥ずかしいとか気持ち悪いなどという感情が頭をよぎりましたが、なんとか現状から脱したいと思い直しました。

 まず、目をつむって自分が苦しんでいる姿を想像し、親友が自分にかけてくれる言葉と仮定して、いくつか投げかけてみました。

「大変そうだね。そんな上司の下で、よく頑張っていると思うよ」

 Aさんは、その瞬間に涙があふれるのを感じました。誰にもそんな言葉をもらったことがなかったからです。“内なる親友”は続けます。

「もう大丈夫だよ。僕がそばにいるよ。話を聞かせて」

「そういうことは誰にでもある。そんなに恥だと思わなくていいよ。もう頑張らなくてもいいし、休んでも大丈夫。上司以外に相談してみることもできるよ」

 こういったやさしい言葉が自然に出てました。それまで、悩んでいる自分を恥じていました。でも、“内なる親友”にやさしい言葉をかけてもらっただけで、その息苦しさはすっと消えていったのです。

 セルフ・コンパッションでは、まず自分の「息苦しさ」の存在を認め、「ああ、苦しいんだね」といった形でやさしい気づきを向けてあげます。気づきとは、自分の感情をあるがままに受け入れることです。ストレス対処法のように、「息苦しさ」の程度を評価したり、なくそうとしたり、違うものに変えようと努力しようとはしません。今現在、自分が感じている「息苦しさ」にただ気づいて、受け入れることが重要なのです。

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重要なのは「自分で自分をハグする姿勢」