「転勤」は、仕事と家庭の両立を妨げる最たるもののひとつでしょう。会社は「人材育成のため」などと理由を説明しますが、社員にとっては、介護子育てなどへの影響が大きいのも事実です。その現実は、「イクメン」という言葉で割り切れないほど、厳しいものでした。

 朝日新聞が運営するwebメディア「withnews」や朝日新聞デジタルで人気の連載「#父親のモヤモヤ」を書籍化した朝日新書『妻に言えない夫の本音 仕事と子育てをめぐる葛藤の正体』の一部を抜粋、再編集して紹介します。

■15回もの引っ越し。単身赴任が10年超

 西日本に住む50代男性は、情報システム開発や運用に携わる会社に勤めています。特徴的なのは、金融機関など依頼先の事業所が職場になるということです。担当が変わる度に転勤を余儀なくされ、30年以上の会社員生活で引っ越しは15回を数えました。

「会社でも、これだけ動いた社員はいないのかもしれません」。子どもが生まれた後は、断続的に10年超も単身赴任生活を続けています。それでも、「出世」の道を進んでいるわけではありません。「逆に、転勤が多いというのは人事的に問題があると会社で思われてしまいます」

「会社と家庭。どちらかで満足していたら不満やモヤモヤはないのかもしれません」。男性はそう話します。

 もう一方の家庭生活はどうでしょうか。

 結婚は33歳。間もなく長男を授かりました。妻の実家近くに自宅を購入し、親子3人での生活が始まりました。しかし、5年もすると会社から異動を命じられました。

 当時、妻は専業主婦でした。家族と一緒に異動先へ。そんな考えも浮かびましたが、「幼稚園にもなじんでいましたし、親の都合で連れ回すのはしのびないと思いました」。家族を残し、1人で転勤することにしました。

 単身赴任が始まってしばらくは、2週間に一度、自宅に帰っていました。子どもと過ごしたい。妻につかの間の休息をとってもらいたい。何より、家族で同じ時間と空間を共有し、つながりを保っていたい。そんな思いがありました。

 ところが、単身赴任後にいったん自宅近くの職場に戻してもらうも、また転勤で単身赴任。いつのまにか、そんなサイクルが当たり前になりました。10年超の単身赴任生活。結婚生活の半分以上、家族と離れて暮らしたことになります。自宅へ戻る頻度は次第に減りました。正月に1回、家族に会う。そんなことも珍しくなくなりました。

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「何のために働いているのか」分からない…