その後はナインによる胴上げで5度、神宮の夜空に舞い、再び『Wild Thing』が流れる中でグラウンドを一周。その途中でライトスタンドのフェンスによじ登り、池山隆寛、古田敦也、宮本慎也といった歴代のレジェンドたちが引退試合で行ったパフォーマンスを「あそこからの景色を僕も見たかったんでね」と、再現してみせた。

 そんな五十嵐に聞いてみたかったのは、最後の試合で『Wild Thing』を登場曲として復活させた理由だ。幸いにもセレモニー終了後の囲み取材で直接、質問をぶつけることができたのだが、その答えがまたグッとくるものだったので、そのまま引用する。

「その時(『Wild Thing』を登場曲にしていた当時)、流した時にみんなが『リョータ!』って叫んでくれたんですよ。その声をね、今は出せないんだけれども、なんかどこかでファンのみんなの声、出ないんだけど『声を届けてほしいな』っていう思いがあって。もちろんそうじゃないんだけど、どこかでたぶんファンの方もね、昔を思い出してくれたんじゃないかなと思い……。言葉とか、今はこういう状況で歓声とかってないんだけれども、どこかで『僕らは通じ合ってるんだ』っていう思いがあって、アレにしました」

 現在は感染拡大防止のため、スタンドのファンは大声を出して応援することはできない。それでも五十嵐は彼らが心の中で発するであろう「リョータ!」の声に耳を傾け、絆を感じ取ろうとしたのである。ファンの「声なき声」は、彼には聞こえたのだろうか?

「聞こえましたねぇ。はい、自分で言ってましたし」

 そう言ってさわやかに笑う五十嵐に、少し感傷的になっていたこちらも自然と顔がほころんだ。

 23年間の現役生活で日米通算906試合に登板。NPB通算823試合は歴代7位、ヤクルト通算553試合は球団史上4位。若手時代さながらの「ワイルド・シング」として現役生活にピリオドを打ったレジェンドは、最後の最後まで湿っぽさとは無縁。それもまた、五十嵐らしかった。(文・菊田康彦)

●プロフィール
菊田康彦
1966年生まれ。静岡県出身。大学卒業後、地方公務員、英会話講師などを経てフリーライターに転身。2004~08年『スカパーMLBライブ』、16~17年『スポナビライブMLB』出演。プロ野球は10年からヤクルトの取材を続けている。