映画のボーンほどのノーコンではなかったものの、若い頃の五十嵐も自慢のストレートでグイグイ押すパワーピッチングが身上。「誰よりも速い球を投げるということが、この世界で生きていくために必要なことだという選択をした」と引退会見で語っていたように、まだ20代の彼にはこの曲がピッタリだった。

 その一方、同じ引退会見で「時間が経つにつれて、それ(ストレート)だけではやっていけない。じゃあ生きていくためにはどうすればいいかっていうところを考えて、その時その時で自分のベスト、バッターを抑えるためにはどうするべきかっていうところを考えて常々やってきた」と話したとおり、メジャーリーグを経て、2013年にソフトバンクで日本球界に復帰すると、年齢とともにその投球スタイルを変化させていった。

 2019年にヤクルトに復帰してからの登場曲は、ソフトバンク時代も使用していたという映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの『Skull and crossbone(海賊の印)』。起伏に富んだ壮大なクラシックは、ナックルカーブも織り交ぜるなど、すっかりベテランになって円熟味を増した五十嵐のピッチングのようでもあった。だからこの引退試合でも、登板時にはこれまでどおりこの『Skull and crossbone』が流れるものと思っていた。

 衆目の下、五十嵐がブルペンで準備を始めたのは、7回表の中日の攻撃が終わろうという頃。試合は劣勢ながら、ヤクルトの「ラッキーセブン」を前にスタンドが東京音頭で盛り上がり、傘の花が満開となる中で投球練習を続ける彼の姿を見ていると、じわじわと感傷的な気分が広がってくる。

 そして、7回裏のヤクルトの攻撃が終了。高津臣吾監督が投手交代を告げると、場内のスピーカーから鳴り響いたのは、なんと『Wild Thing』。「ピッチャー五十嵐、背番号53」のアナウンスとともにマウンドに向かうのは、まごうことなき現在の、41歳の五十嵐なのだが、懐かしい登場曲にその姿が「球界のキムタク」と呼ばれた若かりし日の、長髪の彼とダブって見えた。

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最後の打者は“縁”のある選手に