俳優で脚本家の佐藤二朗さん
俳優で脚本家の佐藤二朗さん

 個性派俳優・佐藤二朗さんが日々の生活や仕事で感じているジローイズムをお届けします。今回は、道が覚えられない理由について。

【写真】ちょ、待てよ。小嶋陽菜さんと佐藤二朗さんのサプライズツーショット

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 方向音痴である。

 それはもう、生粋の方向音痴である。歳を取り、老眼とともに俺の方向音痴はまるで止まる気配がない。むしろ加速している感さえある。もう、なんだろう、「方向音痴俳優」と呼んでもらっても構わない。いや嘘。構う。なんか嫌だ、方向音痴俳優。そんなどうでもいいネーミング問題で字数を割いている場合ではない。一刻の猶予もないほどに深刻な方向音痴なのだ。

 地図が読めない。東西南北という概念がほぼ、ない。だから「その店を背にして東に200メートルくらい行くと…」などと説明されると、「うるさい馬鹿野郎」と理不尽にも程がある、というか、ほとんど「お前の母ちゃん出べそ~」的なことを言いたくなる。場所を説明してるだけなのに実母を貶められるなんて理不尽極まりない。でもそうなのだ。なんだ東西南北って。おととい来やがれと言いたい。

 東西南北もいきなり逆ギレされたのではたまったもんでもなかろうが、たとえば車で行く場所はすべてカーナビ頼み。カーナビ大好き。もはや、カーナビ依存症。カーナビがら聞こえてくる音声ガイドの女性の声ってたまに艶があるよね。そんなことはいいんだよ。ちょっとでも気を抜くと盛大に話が逸れていくのは当コラムのいつものことだが、今日は俺の方向音痴ぶりを熱く語りたい。

 いやホントね、道が覚えられないんです。特に口頭で場所を説明されて覚えられた試しがない。近所の八百屋の場所を妻に口で説明され、どうしても覚えられないので紙に行き方の地図を書いてもらい、その紙を見ながらようやく八百屋に辿りつく。なんだ。「はじめてのおつかい」か。あれは子供のけなげさが涙を誘うが、51歳のオッサンが紙に書かれた地図を見て近所の八百屋に行くとなると、別の意味で涙を誘う。

 ロケ場所で、撮影場所から控室に戻れない。近所どころか、2回くらい角を曲がれば辿りつくのにそれが分からない。若いスタッフに「え…嘘でしょ…」とものすごく小さい声で言われたことがある。思わず口に出てしまったという感じで。そのあと、その若いスタッフは憐憫と慈愛に満ちた顔で、オジサンを控室にいざなってくれた。51歳の迷子を優しくあやすように控室まで案内してくれた。角を2つ曲がって。「ホラ、もう着いたでしょ」って。もはや涙さえ出ない。枯れた。俺の涙はもはや枯れ果てた。

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佐藤二朗

佐藤二朗

佐藤二朗(さとう・じろう)/1969年、愛知県生まれ。俳優、脚本家、映画監督。ドラマ「勇者ヨシヒコ」シリーズの仏役や映画「幼獣マメシバ」シリーズの芝二郎役など個性的な役で人気を集める。著書にツイッターの投稿をまとめた『のれんをくぐると、佐藤二朗』(山下書店)などがある。96年に旗揚げした演劇ユニット「ちからわざ」では脚本・出演を手がけ、原作・脚本・監督の映画「はるヲうるひと」(主演・山田孝之)がBD&DVD発売中。また、主演映画「さがす」が公開中。

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ここはひとつ、奮起しようじゃないか