頭の中が疑問符でいっぱいになったわたしだが、彼はそのあと黒板にチョークでラーメン屋のメニューを具体例として挙げながら、劣モジュラ関数の性質について流暢に説明を始めた。

 なるほど、劣モジュラ関数を利用すれば、「正解のない」さまざまな諸問題について、限りなく最適解となるその「近似値」が算出できるらしい。

 彼はこの劣モジュラ関数をアフリカの「井戸掘り問題」に活用する術を熱く語った。なかなか見事なプレゼンテーションである。

 彼が話し終わるや否や、教室の真ん中に座っているひとりの女性の大きな声が響いた。

「この劣モジュラ関数ってさ、婚活サイトなどのマッチングアプリに応用したら面白くない? 君たちのような男子高校生が彼女を見つけるのに役立つかもよ!」

 すかさず、研究発表に聴き入っていた別の男子生徒が突っ込みを入れる。

「先生! マッチングアプリは確か18禁だったはずです!」

 約20人の男子生徒たちのいる教室が笑いに包まれた。

 そう、ここが社会部の活動現場である。

 そして、先の大声の主こそ、この社会部の男子生徒たちを率いる松尾弥生先生だ。彼女は公民、倫理、政治経済の授業を中高で担当している。

■「社会部」は生徒たちの要望で誕生した

 伝統ある部活動と思いきや、そうではない。2011年に生徒たちからの要望があり、翌12年に成立したのだという。

 現在エンジニアとして企業に勤める井上義之さん(23歳)は社会部1期生だ。

「2011年の東日本大震災の直後、わたしたちが中学3年生に進級したタイミングのことでした。その震災によるさまざまな影響について涙を流しながら熱い授業をしているのが松尾先生でした」

 そのことばにうなずくのは同じく1期生で現在は教育系企業に勤める田島圭佑さん(23歳)。彼は井上さんの発言をこう引き継ぐ。

「当時、震災をはじめ世の中が大変な状況になっているなか、自分はこのまま勉強するだけでよいのかという疑問を抱いたのです。松尾先生の公民の授業は教科書にとどまらない社会的課題を考えさせられるもので大変に刺激を受けました。そこで、同級生たちの何人かが集まって、松尾先生にお願いした結果、『社会部』が誕生したのです」

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