本当の問題は「話の中身」ではない

 和也さん(30代、自営業)は、「もうこれ以上我慢できないから別れたい」という妻を連れておいでになり、「自分に不満なことがあったら聞きたい」と言いました。

 しかし、実際に起こったことは、

「じゃあ聞くけど、なんでうちの車は、2ドアのスポーツカーなの? 私は運転が得意じゃないし、これから子供も作ろうって話をしていたから、普通の4ドアのがいいって約束したよね」

 と妻が話すと、

「最終的には君も納得したじゃないか」

 と反論し、私の目の前で口論になりました。

「納得なんかしてないわよ。勝手にハンコ押して帰ってきて、あなたが折れないからもう仕方ないと思っただけで」

「仕方ないと思ったんなら、納得したんじゃないか」

 確かに、理屈としてはそうかもしれませんが、不満を聞きたいと言われて不満を言ったら反論されて、追い込まれてしまうなら、わざわざ不満を言う人はいませんよね。

 歴史の時間に、江戸時代に目安箱が作られた話の時に、同級生が「目安箱は機能したんですか?」と質問したら、先生が「運が良ければ処罰ぐらいで済んだんじゃないか」というような趣旨のことを言っていました。だから、目安箱に気軽に投書するはずはなく、本当に耐えられない状況なら命がけで一揆をするわけです。

 和也さんの妻も、夫婦の生命線を断つ思いで声を上げたわけです。

 外野の第三者を含め、どうしても人は話の内容に意識が向き、どちらの主張がまっとうかと考えたくなります。しかし、本当の問題は話の中身ではなく、こういったかかわり方にあります。当事者は目の前のことに熱くなっていますので特に見えにくいのです。

 仮に見えたとして、

「あなたが不満を聞きたいというから言ったのに、いえば反論して押しつぶすよね」

 などと妻に言われても、

「言ってくれなきゃ、そういう話し合いすら始まらないだろ?」

「君が不満を言うだけ言っても、僕は自分の気持ちを言っちゃいけないってことかよ」

 などと反論されかねません。

 ここで繰り返されたように、お決まりのパターンから抜け出そうとするこのやり取りもまた、妻が何か言うと反論して抑え込む、というパターンに陥っています。パターンから抜け出すというのは、何重にもトラップがあって、なかなか一筋縄でいかないのです。

 コミュニケーションがうまくいっていないと感じるのであれば、一揆レベルになる前に、問題意識をもって真剣にかかわる必要があります。その第一歩は、うまくいかないパターンを見つけて、そのパターンについて夫婦で話し合うことです。その話し合い自体が、いつものパターンに陥らないように話す試行錯誤をしながら話すのがポイントです。(文責:西澤寿樹)

※エピソードは事実をもとに再構成してあります。

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西澤寿樹

西澤寿樹

西澤寿樹(にしざわ・としき)/1964年、長野県生まれ。臨床心理士、カウンセラー。女性と夫婦のためのカウンセリングルーム「@はあと・くりにっく」(東京・渋谷)で多くのカップルから相談を受ける。経営者、医療関係者、アーティスト等のクライアントを多く抱える。 慶應義塾大学経営管理研究科修士課程修了、青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学。戦略コンサルティング会社、証券会社勤務を経て現職

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