おおたわ:母は鎮痛剤への依存だったということもあり、私はその渦中にいるときから誰にも共感してもらえないと思っていたし、誰かに相談するという発想もありませんでした。ウチにかぎらず、だいたいの家庭では家族に依存症者がいればそれを“恥部”だと思い、隠そうとします。そのうち金銭トラブルが相次いで借金苦になったり、そこから家庭内の空気が悪くなって暴力が起きたり。子どもも「外で言っちゃダメ」という空気を察するんですね。

中野:おおたわさんとお父さまも、依存症専門の医療機関につながるまで長い時間がかかりましたよね。

おおたわ:隠すのではなく、「わが家はこういう状態にあるんだ」といえるような、風通しのよさが大事なんです。そうすると、家族が家族会などにつながることができます。アメリカでは特にアルコール依存症に関する教育が進んでいて、『かぞくがのみすぎたら』という子ども向けの絵本もあって、「うちの家族は依存症だ」と知ることのできる環境があります。学校でもアルコール依存症とはどういうものかを知る授業があるそうですね。日本にもそうした教育があっていいのではないかと思います。

中野:楽しいと感じている時の脳の仕組みを教える機会がないですよね。その利点と危険についてはなおさら、伝えられていないなと反省しています。子どもにとってはゲームなどが身近な存在ですが……。

おおたわ:ゲーム依存症も、国際疾病分類である「ICD-11」に分類されたんですよ。

中野:「ゲームに夢中になりすぎて、自分で払えないくらい課金しちゃったことはある?」という、子どもにもわかりやすい聞き方をして、依存症について考えるきっかけとなるような授業があってもいいですね。

おおたわ:『母を~』では、埼玉県立精神医療センター副病院長の成瀬暢也さんが唱えられれている、依存症に陥りやすい人の6つの特徴を紹介しました。

 (1)自己評価が低く自分に自信が持てない
 (2)人を信じられない
 (3)本音を言えない
 (4)見捨てられる不安が強い
 (5)孤独で寂しい
 (6)自分を大切にできない

 こういう素養を持っていてもそれがより強化されない環境であれば、その人はもしかしたら依存症にならないで済むかもしれない、とは思うんです。ただ依存症になるきっかけは身近なところにあふれていますし、たまたま自分の鍵穴にドンピシャではまるものと出会ってしまい、ドーパミンの歯車がひとたび回りだすと、自分で止められるものではなくなります。当然、家族も無理です。愛とか正義とかじゃ太刀打ちはできないものなんです。

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どんな嘘をついてでも、欲求はおさまらない…