あやさんは「一時的な療養のために実家に帰っただけ。高齢出産で、しかも初産だったから、出産後は想像以上に大変で迷惑をかけてしまったけど、少しでも良くなったら自宅に戻るつもりだった」と説明しても、夫からは、「出産後に家事ができないなんておかしい」と責められ続け、子どもの写真1枚すら見せてもえなかった。

 別居から約半年後には「産後うつが治癒した」と医師に診断されたので、夫にもそのことを告げたのだが、直後に連絡が取れなくなってしまった。ますます子どものことが心配になり、あやさんは家庭裁判所に監護者の指定と子どもの引き渡しをする審判を申し立てた。その審判の中で裁判官が、「最低でも月に1回、1時間はお子さんを申立人に会わせてください」と夫に指示を出した。あやさんが翔くんに会えるのは双方の代理人が付き添ったうえで月に1度1時間だけと、ここで暫定的に決められた。

 自宅を追い出された後、翔くんと再び会えたのは、10か月後のこと。寝返りをはじめて、首が座り、ハイハイやつかまり立ちを始める瞬間を、そばで見ることができなかったあやさんは、「赤ちゃんが母親を最も必要な時期に何もしてやれなかった」と悔やんだ。

 翔くんが1歳8か月になった時から、会える時間が月に1回、5、6時間となった。午前11時頃に待ち合わせて、昼食をはさんで夕方までというスタイルが続いた。「お腹空いた」と言う翔くんに、あやさんが作ってきたおにぎりを食べさせていると、終了時間ぴったりに「もう時間だ! 帰るぞ!」と夫が翔くんの腕を引っ張って、まだおにぎりを食べている翔くんのことを泣かせてしまうこともあった。

 また、夫は翔くんの前でもあやさんを罵倒したり、足蹴りしたり、大声で非難したりすることもあり、そんな時翔くんは、あやさんと夫の顔を交互に見て不安そうな表情をしていたという。

 親権については現在も裁判で争っているが、一審判決では夫が親権を持つことが妥当とされた。その理由は「夫や義母(翔くんにとっての祖母)との関係は問題ない、環境を変えることは子どもに良い影響ではない」というものだった。それが引き離しによるものであろうと、今の環境を継続することが子どもにとって有益とされる「継続性の原則」は、多くの親権をめぐる裁判で優先されてきた。「継続性の原則」を重視した判決は、今や裁判所の慣例となってしまっている。これに対しあやさんは、控訴をして現在係争中だ。

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日本の単独親権制度の弊害