菅義偉首相((c)朝日新聞社)
菅義偉首相((c)朝日新聞社)

 第99代内閣総理大臣に就任した菅義偉氏。

 出身校の法政大は、さぞ盛り上がっているだろうと思いきや、意外にクールだった。総理大臣に選出された16日、大学はウェブサイトでこう伝えている。

本学卒業生 菅義偉さんの内閣総理大臣選出について
本学第一部法学部政治学科を1973年3月に卒業された菅義偉さんが、第99代内閣総理大臣に選出されました。ご活躍を祈念いたします。以上
2020年9月16日
法政大学

 これだけである。タイトル、日付を除いて62文字。菅首相のこれまでの経歴、人となりはいっさい触れられていない。祝意、喜びも表していない。たんたんとしている。署名は「法政大学」であり、田中優子総長ではない。

 その翌日、大学は新着情報として学生の活動を伝えている。

経済学部生が考案したペットのお守り「愛守枡(めもります)」が商品化されました
 経済学部現4年の須田華緒里さん、千葉あさひさん、中山勝喜さんがゼミナール活動(窪寺暁・杉浦未樹ゼミナール)で考案したペットのお守り、「愛守枡(めもります)」が商品化され、2020年9月16日より発売開始になりました。(以下略)。

 こちらは400字以上使っていた。菅首相誕生より、学生の「愛守枡」のほうがニュースバリューは高かった。

 9月18日には、田中総長名で「総長から皆さんへ」と題し、約4500字の長文のメッセージを発信しているが、ここでも菅首相についてはひとことも触れていない。

 法政大学の田中優子総長と菅首相は1970年代前半に法政大学で学んでおり、在学期間が重なっている。そのことについて、田中総長はこう触れている。

「沖縄返還の年、法政大学の中村哲(あきら)総長は沖縄文化研究所を設立した。パスポートを持って法政大学に入学した翁長氏は、兄の助裕氏を通して中村総長や沖縄文化研究所長となった外間守善(ほかましゅぜん)教授と交流したという。そのころキャンパスには翁長氏と私と、そして菅義偉官房長官が在籍していた。
 翁長氏は個人的な利害も党利も超え、沖縄県の人々の平和への意思をまとめ上げ、県外と米国に対して沖縄の真の姿と展望とを発信し続けた。日米地位協定の改定の必要性も、辺野古移設についても、明確なメッセージを発し続けた。自治体の長は何をすべきかを考えさせられる」(毎日新聞2018年9月5日)

 翁長雄志氏への論評はあるが、菅氏については何も触れていない。

 菅首相に対する「ご活躍を祈念」をどのように解釈したらいいだろうか。田中総長のこれまでの発言から読み解いてみよう。

 2015年、法政大OBのジャーナリスト、後藤健二氏がシリアで人質となり殺害された事件があった。このとき、田中総長は声明を出し哀悼の意を述べている。その一部を抜粋しよう。

「法政大学は戦争を放棄した日本国の大学であることを、一日たりとも忘れたことはありません。『自由と進歩』の精神を掲げ、『大学の自治』と『思想信条の自由』を重んじ、民主主義と人権を尊重してきました。さらに、日本の私立大学のグローバル化を牽引する大学として、日本社会や世界の課題を解決する知性を培う場になろうとしています。その決意を新たにした本学が、真価の問われる出来事にさらされた、と考えています。」(大学ウェブサイト 2015年2月5日)

 もう一つ。2018年、一部の国会議員が「徴用工」を調査する研究者への科研費交付を問題視し、「反日」という言葉で非難するなどの事態が起きた。こういった動きを、田中総長は厳しい口調で批判している。一部を紹介する。

「昨今、専門的知見にもとづき社会的発言をおこなう本学の研究者たちに対する、検証や根拠の提示のない非難や、恫喝や圧力と受け取れる言動が度重ねて起きています。その中には、冷静に事実と向き合って社会を分析し、根拠にもとづいて対応策を吟味すべき立場にある国会議員による言動も含まれます。
 日本は今、前代未聞の少子高齢化社会に向かっています。誰も経験したことのない変動を迎えるにあたって、専門家としての責任においてデータを集め、分析と検証を経て、積極的にその知見を表明し、世論の深化や社会の問題解決に寄与することは、研究者たるものの責任です。その責任を十全に果たすために、適切な反証なく圧力によって研究者のデータや言論をねじふせるようなことがあれば、断じてそれを許してはなりません。」(大学ウェブサイト 2018年5月16日)

 戦争を放棄する、思想信条の自由を守る、民主主義と人権を尊重する、学問の自由を守る、国家による圧力に屈しない、という田中総長の強い信念がうかがえる。また、国会のあり方については、こう苦言を呈したことがあった。

「最近の国会を見ていると、正確なデータを整えないまま、言い逃れや印象でものを言う応酬が多いのが残念です。議員にはきちんとしたデータを元に議論を進めて欲しい」(HOSEI ONLINE 2018年12月3日)

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