小説を純粋に「楽しめなくなった」と嘆く30歳女性に「理想が高すぎる」と鴻上尚史が指摘した真意 (1/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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小説を純粋に「楽しめなくなった」と嘆く30歳女性に「理想が高すぎる」と鴻上尚史が指摘した真意

連載「鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい『世間』を楽に生きる処方箋」

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 小説を書いても「本当に面白いのか」と不安でぐるぐる推敲ばかりしてしまい、創作物が楽しめなくなったと嘆く30歳女性。この気持ちにどう折り合いをつければいいかと悩む相談者に、鴻上尚史が差し出した「この苦しい道を歩き続ける動機」の真髄とは?

【相談80】最近、創作物を見ることが素直に楽しめなくなってきました(30歳 女性 頭痛もち)

 鴻上さんはじめまして。いつも連載楽しみにしています。私はネットで、イラストや小説を見るのが好きです。でも最近、創作物を見ることが素直に楽しめなくなってきました。以前一度だけ、自分でも小説を書いて、人に送ったことがあります。(誰かのイラストに誰かがショートストーリーをつけるというタグがTwitterで流行っていたので)初めてのやりとりだったにもかかわらず、その方は温かい言葉で、私が文中で意図している内容も丁寧に汲み取ってコメントしてくれました。それを機に創作を続けられれば良かったのですが、それだけで気力が燃え尽きてしまいました。

 その小説は、千字ちょっとの文章だったのですが、書いていても頭がカチカチになるばかりで全く進まず、同じところをぐるぐる推敲ばかりして、もうこれぐらいにしよう、と思うまで一カ月もかかってしまいました。その最中、意味わかんないこと書いてないかな、とか本当に面白いのかな、など常に不安がつきまとっていました。自分の話が面白いか不安なので、自分が面白いと思ったマンガを、小説として書く練習をしてみたこともあります。話の展開や、会話のリズム、情景や小道具での伏線の張り方などを感じれば感じるほど、やはり自分には無理な芸当だと思ってしまいました。

 こういうものが面白いかも、と思ってメモ書きし始めても、すぐにつまらないと思って飽きてしまいます。それだけでなく、他の人の書いた小説にまで生意気にも、私ならこう書くのに、などと批判的に見てしまったりします。理想が高すぎるというのもあるのかもしれませんが、自分がそっち側の人間ではない(創作に喜びをほぼ感じることができない。他の人にできることが自分にはできない)、と気づいてしまったとき、どう折り合いをつければ良いか、教えて欲しいです。


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