時間が経つにつれ、通勤前のトレーニングに励む人たちで再びにぎわい始めた。恐らく、頭の中で「サライ」が流れているのは記者だけなのだろう。他の利用者たちは、日課のトレーニングをこともなげにこなしては、また一人、そしてまた一人とジムを去っていく。

 もう何人の利用客を見送ってきただろう。どれだけの時間が経ったのだろう。そんなことを考えながら登り続けていると、最後のゴールはあっけなかった。午前10時前、ついに43599段に到達した。喜びを爆発させたいところだが、近くに人はいない。

「いやーきつかった」

 一人でつぶやきながらクライムミルから降りて、静かに挑戦終了。数分してから、朝に再び駆け付けていた坂本さんが声をかけてくれた。

「本当にお疲れ様です。さすが体育会系ですね!」

 労いの声をかけてもらったが、記者には愛想よく返す気力もない。達成感はないこともないが、なにしろ周りの景色は365度の大パノラマ……ではなく、さいたま市のお昼前のジムの日常が広がっているのみ。それ以上でも以下でもない。「やっと帰れる」という開放感が勝ってしまうのは当然なのかもしれない。この日、記者が他の仕事にまったく手をつけられなかったことは言うまでもない。

 目標を達成した充実感は、後になって少しずつ湧いてきた。自分はあれをやり遂げたんだということを考えると、少し自信が湧いてきたりもする。次は「トレッドミルでフルマラソン(42.195キロ)」という野望も密かに抱いている。目標は、また次の目標につながるようだ。

 これからも、コロナ禍でもできる挑戦を見つけていきたい。だが、今後“疑似登山”をする人がいたら、エベレストといわず、高尾山(599メートル、同2952段)くらいをおすすめしたい。(AERA dot.編集部/井上啓太)

【登頂データ】
所要時間:25時間30分(休憩・仮眠時間を含む)
昇った段数:43599段
昇った高さ:8848メートル
消費カロリー:約6350キロカロリー(消費カロリーは運動する人の体重により変動します)