広瀬すずさん主演、大森寿美男さんオリジナル脚本の朝ドラ「なつぞら」で、頑固オヤジ泰樹を演じた草刈正雄さん。著書『人生に必要な知恵はすべてホンから学んだ』(朝日新書)で、なつの花嫁姿を見たときの涙はホンモノだったと明かしてくれました。草刈さんが他にも教えてくれた撮影裏話を、特別にお届けします。

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■堰を切ったように涙があふれ出た

 初夏、晩夏、秋、冬と4回くらいに分けて行われた北海道ロケでした。初回は6月に1カ月程滞在して、まだまだ寒い日も多かった。ロケには「炊き出し」の協力があり、地元の方々が食事をつくってくれました。小学生まで来てくれて、豚汁や牛乳でつくったスープを用意してくれたのです。これまた圧倒的に美味しくて。皆さんのでっかい優しさと一緒にジャガイモにしても豚肉にしても、いま居る大地の味をちゃんと教えてくれました。

 それらが『なつぞら』のもうひとつの背景でした。北海道があって、地元の人々がいて、熟練スタッフが集まって、そこに芸達者の役者がずらりと集結して。さすがの役者陣、皆さん、化粧をしてそれぞれの衣裳を着たらもう自然にそのキャラで輝いている。素晴らしい光景です。

 座長は、いうまでもなく、広瀬すずさん。主役のなつを演じるので出ずっぱりだったにもかかわらず、いつもへっちゃらの笑顔で並大抵じゃない根性の持ち主、天性の女優さんです。馬ともすぐに仲良くなったし、搾乳もうまかったなあ。最も忘れがたいのは、なつが嫁ぐ日のシーンでした。結婚式の当日、作業場からなかなか離れない泰樹を花嫁姿のなつが呼びに来る。

 ハッとしました。

 文字通り、息を呑みました。なつの生命力が白無垢に輝いていた。

<ありがとうな>、と泰樹。
<ありがとうはおかしいべさ。育ててくれた、じいちゃんが>と、なつ。
<わしもおまえに育ててもろおた。たくさん、たくさん夢もろおた>

 突然、涙が溢れてきました。ぼろろ、ぼろろと堰を切ったように流れ出し、鼻水は出るわ涙は流れるわで止めようにも止められない。

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鼻水が出るほど泣いた理由とは…?