たとえば、小学校にあがってから親に「あなたは落ち着きのない子で、幼稚園の入園準備審査に連れて行ったら、暴れまわって不合格になったのよ」と言われ、当時のことを想像した結果、“鮮明な記憶が作られた”のではないかと考えるのです。

 実際に記憶が後から作られやすいことが、実験によって示されています。親の了解を得たうえで、迷子になったことがない子に、「小さいころ迷子になったこと覚えている? 警察に保護されてお母さんが迎えに行ったらしいよ」と聞くと、その時は「覚えてない」と当然言うのですが、1カ月ほどたってからもう一度聞くと、「思い出した。親切なお巡りさんが泣いている私にキャンディをくれた」などと言い出すのです。

 また、子どもだけでなく大人にも、こうした記憶の変化が多く観察されています。大きな事件の報道を知ったとき何をしていたかの回想調査では、事件が起きた直後の回想記録と1年後の回想が大きく異なることが知られています。単に忘れたのではなく、1年前の回想時に交わした別の会話の内容が、1年後には“自分の体験”として回想内容に埋め込まれていることさえあるのです。

 どうも、私たちは会話を通じてありそうな出来事を想像し、それを過去の体験として記憶してしまうようです。しかし、私にとって“折り紙のかご”は否定できないありありとした体験です。もともとは想像だったとしても、記憶があること自体は事実です。

 おなかの中に居た頃のことを覚えている人も、その記憶があることは確かです。しかし、周りの人々は、自分がお母さんのおなかの中に居た頃のことは覚えていないですし、そうした記憶が後から作られることもあるとすれば、お母さんも当惑して「その記憶は想像で作られた」と思うのもやむを得ないことです。

 そこで、言い方を変えてみましょう、「私には、お母さんのおなかの中に居た忘れられない記憶があります。それほど、お母さんとの結びつきを強く感じるのです」。こう言えば、お母さんも、喜んでうなずいてくれるのではないでしょうか。

【今回の結論】お母さんのおなかの中に居た頃の記憶自体は否定できない事実です。それが実際の体験だったのか、想像だったのかは今のところ区別がつきません。しかし、大切な記憶であることには変わりがありませんから、記憶自体を認めてもらうように工夫しましょう。

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石川幹人

石川幹人

石川幹人(いしかわ・まさと)/明治大学情報コミュニケーション学部教授、博士(工学)。東京工業大学理学部応用物理学科卒。パナソニックで映像情報システムの設計開発を手掛け、新世代コンピュータ技術開発機構で人工知能研究に従事。専門は認知情報論及び科学基礎論。2013年に国際生命情報科学会賞、15年に科学技術社会論学会実践賞などを受賞。「嵐のワクワク学校」などのイベント講師、『サイエンスZERO』(NHK)、『たけしのTVタックル』(テレビ朝日)ほか数多くのテレビやラジオ番組に出演。著書多数

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