藤井棋聖はタイトル獲得後の会見で、「探究」と記した色紙を掲げて抱負を語った。これが象徴するように、彼を支えるモチベーションは、名人といったタイトルよりも「強くなりたいという」一点にある。

「かつて羽生善治さんが台頭した時に『この人が史上最強の棋士で間違いない』と確信していたのですが、まさかここまでの天才が出てくるとは思わなかった。おそらく今後も、我々が想像する以上にすごい記録を打ち立ててくれると思います」

「天才の出現」は、時に周囲のレベルをも一変させる。天才・羽生九段が台頭した際も、佐藤康光(永世棋聖)や森内俊之(十八世名人)をはじめ、彼と年の近い「羽生世代」と呼ばれる棋士たちがタイトルを独占した。

「羽生さんの時もそうでしたが、ずばぬけて強い人が出てくると、周囲のレベルも底上げされる。藤井さんの影響で将棋を始める子供たちが増えると思いますが、彼らは初心者の頃からコンピューター将棋と指せる『AIネーティブ』の子たちです。もしかすると、AIネーティブの子たちが藤井さんの強力なライバルとして渡り合えるようになるかもしれない」(同)

 松本氏が『藤井聡太はAIを超えるか?』というタイトルで本を出したのも、さまざまな人から同様の質問をされたからだという。

「実際のところ、AIを超えるのは難しいかもしれません。ですが、2012~2015年当時、人類が勝てなかったソフトと今対戦すれば、人間の方が勝てるかもしれない。佐藤天彦名人に完勝したPonanzaにも、15年後、20年後になれば、勝てるようになるかもしれません」

 人間が脈々と築き上げてきた棋譜を端緒に、圧倒的な強さを手に入れたAI。そして今度は、AIが人間を強くしている。「AIネーティブ」が台頭した後の将棋界は、新たな黄金期を迎えることになるかもしれない。(取材・文=AERAdot.編集部・飯塚大和)