植松死刑囚は少し考えながら、こう答えた。衆院議長に宛てた手紙の「全人類が心の隅に隠した想い」という表現と呼応する。教科書的なタテマエで、本人も自覚しない内面の差別意識を覆い隠してきた姿を象徴する言葉だと、私は感じた。

 裁判で明らかにされた証言によれば、思春期の植松死刑囚は明るい性格で、高校ではクラスのリーダー格。大学時代から危険ドラッグを使い、その後に大麻を常用するようになるが、津久井やまゆり園に就職した当初は利用者に優しく接し、周囲には「仕事は楽しい」と口にした。

 差別的な言動を繰り返すようになるのは、事件の1年ほど前からだ。友人に「障害者が人間扱いされていない。かわいそうだ」と言い出し、やがて、「殺したほうがいい」「俺は殺せる」と言うようになった。

 驚いたのは、米大統領選を報じるテレビ番組でドナルド・トランプ氏の排外主義的な発言を見たことで、「障害者は要らない」という考えに確信を深めたと説明している点だ。

 2016年2月初旬。トランプ氏は「メキシコ国境に壁を作る」「イスラム教徒の入国禁止」などと過激で排外主義的な発言を繰り返し、国内でも盛んに報じられていた。

「(トランプ氏は)真実を語っている」
「真実だけど言っちゃいけないと思っていること(を言っている)」
「正しいことを言ってもいいんだ」

 トランプ氏の発言を知ってそう思ったのだと、植松死刑囚は面会で語った。過激で排外主義的な発言が、差別意識を解き放ったかのようだ。突き動かされるように、衆院議長に宛てた手紙を書いた。東京の議長公邸に手紙を持参したのはトランプ氏の発言を見た2週間後。トランプ氏の服装をまねたと見られる、黒いスーツに赤いネクタイ姿だった。

「大金持ちになるために事件を起こしました」
「深く考えていないが、人の役に立つのがお金になると思った」

 なぜ事件を起こすことを決断したのか、核心部分の説明は支離滅裂で、植松死刑囚個人の病理性が強く影響したとみるほかない。だがその手前で積み重ねた差別意識は、身近に潜みうるものだと感じさせられた。

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植松死刑囚の背中を押したのは…