というように、元ヤン系の女性には、やんちゃな男やクズ男たちをおだてたりけなしたりしながら、矯正させ更生させ、さらには出世させステップアップさせていくことに生きがいを見いだす、というスタンスが感じられる。一種の母性愛、いや「姐さん」愛だろうか。

 そういえば、1980年代にツッパリ映画絡みでヒットした中山美穂の「BE-BOP-HIGHSCHOOL」には、不良たちを「大きなBaby」と呼ぶ歌詞があるし、同じく「JINGI・愛してもらいます」には自らを「お姉さん」として「コラ少年」と上から諭す歌詞が出てくる。

 お母さん的、あるいは姐さん(お姉さん)的というのが、元ヤン気質なのだろう。また、任侠道の仁義とは、これぞと見込んだ人にどこまでもついていくもの。この一途さに母性や姐さん性が結びつくところに、彼女たちの独特の愛し方があるのだと考えられる。

 ただし、一途さについてはいささか疑問も感じなくはない。元ヤン系の女性たちはちょくちょく不倫もするし、また、されたりもするからだ。なんとなく、自分の不倫にも、パートナーのそれにも甘い印象である。

 これはおそらく、彼女たちの世界において、モテることは悪いことじゃない、という共通認識が存在するからだろう。そのうえで、遊んでもいい、最後は自分のところに戻ってくるならとか、自分だって本当に愛しているのはあなただけ、みたいな感覚を優先しているように思われる。

 もっといえば、すべてのつながりを「絆」ととらえているのではないか。それが伝わってくるのが、後藤真希が結婚したときのエピソードだ。

 自身の著書『今の私は』によると、彼女はデビュー当時から、ファンとすぐに仲良くなるタイプで、26歳から約2年半の休養期間には、オンラインゲームを一緒にやったり、リアルで集まってしゃべったり、バーベキューを楽しんだりしていたという。著書には「私の大事な遊び相手であり、仲間だ」として、こんな話が書かれている。

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ファンへの「仁義」を通したゴマキ