ふつうに考えれば、殺伐としていた人間関係から離れられて喜ぶべきですが、当時は、あのグループにいることが世界のすべてだとさえ思っていたからだと思います。不登校をしてから10年近くは当時の人間関係を夢で思い出すこともありました』(32歳・男性)

 グループから外されたことで絶望感を感じるのは「暴力を受けた人間の心理」が影響しています。いじめの正体は「悪意」や「侮蔑」といった精神的な暴力です。精神科医・高岡健氏によれば、暴力を受けた人間はかならず自尊感情が踏みにじられて傷つきます。しかし同時に自分が受けた暴力を無意識に肯定しようとします。精神的に辱められたのは「みんなのいじられキャラだから」など、強引な理屈で自分を納得させようとします。自分が受けた暴力を肯定しなければ、傷つけられた自尊感情が保てないからです。

 自分が受けた暴力を肯定する例として有名なのが、夫婦間の暴力、DVです。夫から殴られても妻は「あの人は自分がいないとダメなんだ」と夫を肯定し、強くたたえさえします。夫を強く肯定することで暴力の肯定をしようとするのです。暴力が続けば夫は暴力行為に依存し、妻は暴力を受けているがゆえに夫に依存する、という関係になっていきます。妻は自分が受けた暴力を肯定しようと、より弱い立場の子どもに暴力を振るうなどの暴力の連鎖も起きることもあります。

 これが暴力の怖いところです。殴られた箇所が痛むだけでなく、言われた言葉に心が傷つくだけではありません。わかっていても抗えないほど、暴力は連鎖する力が強いのです。

 私が取材した男性は、双方意図せず、いじめが頻発するグループから外れて、その瞬間に絶望を感じました。これは暴力によるものだと考えられます。亡くなった男子生徒は、いじめている側から意図的に外されたわけですから、強い絶望感を感じたのではないでしょうか。

■気持ちの寄り添うことが一人でも

 恋愛リアリティー番組『テラスハウス』に出演していたプロレスラー木村花さんが、急逝したことでSNSの誹謗中傷に関心が高まっています。それに比べると、グループ外しは、周囲が「そんなことで」と思ってしまい、SOSも見逃されがちになってしまいます。

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いじめはすぐに解決しない。学校を休ませて