「薬物療法で、約8割の人は症状が改善しますが、血管拡張剤は全身に回るため、局所にうまく効かない場合もあります」

 改善が見られず、6カ月以上経過すると、表情筋が痩せてしまうような人もなかにはいる。すると、顔面神経を再生しても、表情筋が戻らない場合もあるため、そのような状況に陥る前に、手術を検討したほうが良いケースもある。

 薬物療法の効果がない場合には、ペインクリニックで神経ブロック療法を受けるという選択肢もある。

「現在、私たちは、日本ペインクリニック学会で適応が認められている星状神経節ブロックという神経ブロック療法をおこないます。そうすると、顔面の血流を選択的に改善できるのです」

 星状神経節とは、頭部、顔面、頸部、上肢、上胸部を支配する交感神経で、ここをブロックすると血流が良くなり、障害された部位の回復を促す。

「三叉(さんさ)神経痛の場合には、三叉神経自体の過敏さを除去し、痛みの入力を抑えるためのブロック療法ですが、顔面神経麻痺では、 顔面神経を麻痺させるのではなく、顔面神経が分布する部分の血行を良くする神経ブロック療法をおこなうということです」

 血液の中にからだの組織を修復する成分が存在するため、血行を良くして、患部に修復成分を供給することが重要だ。

 近年では、アスリートが靭帯や腱の修復治療として、血小板を注入するような治療を受けている例もある。

「最近のデータでは、1回のブロック療法で、1カ月くらいは血流が改善します。ただし集中的に治療をしたほうが効果が期待できるため、発症から2~3週間は集中して治療をおこなっています」
 
 放置して半年から1年経過してしまうと治りにくくなり、形成外科などで、抜本的な手術を受けてもなかなか治りにくくなるというのは先述のとおりだ。

 ブロック療法は、ランダム化比較試験の結果などで、明確な科学的根拠を証明できるまでには至っていないが、表情筋が動くようになったときの患者の喜ぶ姿を見るにつけ、できるだけブロック療法を施していると安部医師は話す。

 また、現在は超音波で周囲の組織を確認しながらブロックするため、安全性が高く、精度も高い治療が可能となっている。

「顔面神経麻痺は、精神的なことも関わっており、ストレスが引き金となって免疫力を落とすことで再発することも多いです。再発しないためには、日常生活において心の余裕を持って暮らすことのできるライフスタイルを自分で編み出すことも大切です」
(文・伊波達也)