タイの庶民食堂のコックは、調理人としての沽券を守るという意識が薄い。いや、ないのか。自分がつくった料理の味をどうアレンジされても気にもしない。

 客も各種の調味料がないと納得しない。ということはテイクアウトにも……。そう、調味料をすべてつけてくれる。店には専用の小袋が用意されていて、そこに1種類ずつ入れてくれる。小袋は最低でも4個。多い店は6個にもなる。店によっては、麺と具を別々のビニール袋にいれるからビニール袋が合計で9個。それを大きなビニール袋に入れるので10袋……。ビニール袋ずくめのテイクアウトである。

 加えてその袋にはぱんぱんになるほど空気を入れて、口を輪ゴムで縛る。これが昔から謎だった。袋が膨らみ、1杯の麺料理のテイクアウトはかなりかさばるからだ。食堂の店員は客が少ないとき、この小袋づくりに余念がない。なぜ、ここまで手間をかけるのだろう。

「そのほうがきれいで、おいしそうでしょ」

 あるタイ人はそういうのだが。

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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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