風向きが変わったのは19年12月、民事訴訟の一審勝訴から。元記者は控訴したものの、ネット上には「伊藤さんを応援したい」というコメントであふれた。

 そして今回、漫画家ら3人を相手に計770万円の支払いを求める民事訴訟を起こした伊藤さん。ヤフーのコメント欄やSNS上を巡回してみたが、バッシングと思われる投稿は見当たらなくなった。

『ウェブで政治を動かす!』(朝日新書)の著者でジャーナリストの津田大介さんは、ネット上での世論ついて「地上波と共犯関係」を指摘する。

「伊藤さんの場合、テレビは裁判の勝敗の行方がわからない段階ではあまり報じず、民事に勝訴してからは積極的に伊藤さん側の視点で取り上げるようになった。風向きが変わったのはそれからです」

 伊藤さんの事例では、テレビで報じられたことで彼女に肯定的な意見が増え、加害者への批判も増えた。津田さんによると、この数年で地上波テレビが「炎上」を取り上げるようになってからは、バッシングが集中する傾向が加速しているという。

「これはガソリンを撒く行為と同じ。テレビ側もバッシングを呼び込むような番組作りをしていて、ネットと共犯関係にある」

 そもそもバッシングの嵐はなぜ頻繁に起きるのか。津田さんはネットの構造について、アメリカの犯罪学者が考案した「割れ窓理論」を引き合いに出した。

「『建物の窓が1つ割られているのを放置すると、やがてほかの窓も割られるようになる』という話です。ネットもこれと似ていて、誰かがバッシングを始めたら、さらなるバッシングを呼び込む構造があるのです」

 ちょうど、伊藤さんが名誉棄損で訴えた漫画家のツイッター上での投稿も、不特定多数からバッシングが集中した期間とおおむね合致する。伊藤さんが名誉棄損として訴えた投稿は、2017年6月から19年12月までに投稿された5本の投稿だ。

 さらに津田さんは、ネット上には特に極端な意見がまん延しやすいと指摘する。

「叩くことを目的化している場合については、事実でないことも投稿されます。そして、一度偏った意見が集中して流れができてしまうと、その他の意見はかき消されがちになる」

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ネットでも現実世界と同じく空気を読む