歯肉が炎症を起こすと多種類の「炎症性物質」がたくさん作られます。これらの炎症性物質は血糖値を下げるインスリンの働きを悪くさせたり、早産に関係したり、肥満を促進させたり、血管の動脈硬化を引き起こしたりする働きがあります。

 こうした炎症性物質が歯肉の血管から入り込んで血流を通じて各臓器にたどりつくことがわかっています。また、歯肉の血管からは歯周病菌や歯周病菌が持つ「LPS」という毒素も入り込みます。P.g菌が持つ「ジンジパイン」というタンパク質分解酵素は、細菌などの脳への侵入を遮断する「血液脳関門」をも通過し、アルツハイマー病悪化の引き金の一つになる可能性が示されています。

 また、歯周病菌の中には誤嚥によって、気管支から肺などにたどりつくものもあります。これが多くの高齢者の死亡原因となる誤嚥性肺炎の原因となっています。

「なぜ歯周病菌は血液の中を自由にめぐることができるの? からだには細菌が入ってきても、これを防御する力が備わっているのではないの?」

 と疑問に思う人もいることでしょう。

 確かにここがいまだに謎の多い点です。ただ、歯科の病気では昔から「歯原性菌血症」(歯周病の病変部や、むし歯で歯の神経が感染し根の先に病気ができている状態を放置したことから病原菌が血管に入り、本来、無菌な血液中に細菌が入り込むことから発熱などが起こる)の存在が知られています。歯肉などの血管から細菌が入り込み、そのうち生き延びるものがいることはまぎれもない事実です。

 ただし、そうだとすれば、歯磨きで歯肉に傷をつけるだけで菌が入り込む危険があるということになります。しかし、それは心配ありません。

 炎症が一時的に起こる程度ならば細菌の侵入も少なく、からだの抵抗力で細菌はすぐに抑え込まれます。一方、歯周病の場合は1日24時間、慢性的に炎症が生じている状態であるため、細菌が優勢となり生き延びる場合があると考えられるのです。

※『続・日本人はこうして歯を失っていく』より

≪著者紹介≫
日本歯周病学会/1958年設立の学術団体。会員総数は11,739名(2020年3月)。会員は大学の歯周病学関連の臨床・基礎講座および開業医、歯科衛生士が主である。厚労省の承認した専門医・認定医、認定歯科衛生士制度を設け、2004年度からはNPO法人として、より公益性の高い活動をめざしている。

日本臨床歯周病学会/1983年に「臨床歯周病談話会」としての発足。現在は、著名な歯周治療の臨床医をはじめ、大半の会員が臨床歯科医師、歯科衛生士からなるユニークな存在の学会。4,772名(2020年3月)の会員を擁し、学術研修会の開催や学会誌の発行、市民フォーラムの開催などの活動をおこない、アジアの臨床歯周病学をリードする。