■戦前戦中の翼賛体制の再来か?

香山 政府はいまだにこの検査の遅れや極端な少なさの理由を「オリンピックもあって最初は増やせなかった」と認めることもなく、緊急事態宣言であいまいな自粛要請を続けるだけなのに、国民はそれに腹を立てることもなく、粛々と従っています。歴史の本で読んだ戦前戦中の翼賛体制もかくありなん、という感じです。

佐藤 歴史は反復するといわれますが、確かに香山さんの言うように、現在日本は日中戦争期の翼贅体制のような雰囲気になっています。翼賛とはもともと「天子(天皇)の政治を補佐する」という意味です。これは強制ではないという建前で、人々は自発的に最高権力者を支持し、行動することが期待されていました。その一方、期待に応えない者は「非国民」として社会から排除されました。あれから八〇年ほど経ちましたが、いまの日本人の反応は当時と非常に似ています。これは日本の国民的特質と言ってもいいかと思います。

香山 安倍総理は会見で「敬意、感謝、絆があればウイルスに勝てる」とまで言いました。そんな非科学的なことを言われたら、ふつうは「バカにするな」と激怒しそうですが、多くの人は「感動した」などと言う。そして、死活問題だからと自粛要請に従わずに営業している店を警察に通報する、「自粛警察」なる市民の動きも出てきています。

佐藤 いやな動きです。政府も無意識のうちにこの動きを利用しています。日本人の同調圧力を利用すれば、あえて法律や条例までつくる必要はないと考えているのです。

■コロナ禍が再燃させた黄禍論

香山 さらに不安を覚えるのは、今回のコロナ危機を受けて、欧米諸国では、アジア人が差別を受けるという報道が見られることです。これはかつての「黄禍論」を思わせます。また過去の歴史をふりかえると、パンデミックをふくめて社会的大事件が勃発したときには差別が一気に表面化します。関東大震災の朝鮮人虐殺もこうして起きたのでしょう。

佐藤 不安心理の中で、どの国でも人種主義的発想が出てきます。中国共産党中央機関紙の「人民日報」に掲載された論評が興味深いです。同紙は、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが新型コロナウイルス関連記事で「中国は真の『アジアの病人』」との見出しを掲げたことに、「人種差別的色彩を明らかに帯び」、「人間として守るべき一線を踏みにじった」と指弾しました。この報道に対して、当のアメリカではカリフォルニア大学バークレー校のキャサリン教授がこう同調しました。「大手メディアがこのような考えを示すことで、世界にさらに多くの恐れと焦り、そして中国人その他アジア人に対する一層の敵意を引き起こしうる。これは極めて有害で間違ったことだ」

香山 アメリカの言論人にも反対する人がいることには救われますが、驚くべきことにその後、トランプ大統領自身が「ウイルスは中国の武漢の研究所から流出したものだ」と中国を標的に仕立て上げる発言を繰り返しています。また日本でも、櫻井よしこ氏や高須克弥氏、さらには自民党国会議員の山田宏氏が、執拗に「武漢肺炎」「武漢ウイルス」と表記し続けています。感染症に地名をつけて呼ぶことはやめるよう、2015年にWHOが勧告を出しているにもかかわらず、です。

佐藤 わが国に国際常識に欠けた政治家がいるのは残念なことです。二一世紀の現在になっても、米国で黄色人種が世界に禍いをもたらすという黄禍論が存在するのは、とても危険です。なぜなら肌の色は自分で選ぶことができないからです。人種間戦争などという妄想にとらわれるのではなく、今は人種や民族を超えて、新型コロナウイルスとの闘いに勝利することが人類の共通の課題です。欧米諸国とアジア諸国がいがみ合っていても誰も得をしません。ウイルスという目に見えない敵を克服するために、人種や民族にかかわりなく、世界のすべての人の英知を結集していくことが重要です。こういうときに人種的憎悪を煽ることは、厳に慎むべきです。

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