■コロナ禍によって「世界の景色」は変わる

香山 フランスの作家で佐藤さんもその作品『服従』の解説を書いているミシェル・ウエルベックは最近、友人への書簡という形で、「コロナの前から悪い方向への変化は止めようもなく始まっていた。コロナが起きたからといって一気に悪化するのではない。コロナの収束のあと、“前より少しだけ悪い社会”が実現するだけだ」とシニカルなことを言っています。

 コロナ禍でウエルベックが言うように、「少しだけ悪い社会」が出現するのか、それともガラリを変わるのかは別として、「世界の景色」がこれまでと変わることは間違いないでしょう。問題はどれくらい、どっちの方向、つまり望ましい方向、望ましくない方向、どっちに変わるかということです。でもまあ、「望ましい」かどうかも、それが人間にとってなのか、動物や環境にとってなのかでずいぶん違いますよね。たとえば、人間が家にこもっている間、地球環境はずいぶん改善したと言われています。二酸化炭素排出量は抑えられ、野生動物が市街地の道路や公園を闊歩し、ベネチアの運河は透明度が増してゆったり泳ぐクラゲの姿がとらえられたりもしています。

佐藤 三月下旬、イスラエルの情報機関・モサドの元幹部から私に電話がありました。彼の話は興味深いもので「ポスト新型コロナ禍」の世界を考えるヒントになるのではないかと思います。今、イスラエルの商都テルアビブの町は、外出制限のために食品や薬品の買い物や通院で外出している人以外、誰もいない状態だといいます。イスラエルは三月中旬には全世界から原則、入国禁止にするなど厳重な防疫態勢をとっています。国民に向けては自家用車でやむなく外出するとき乗車できるのは二人まで、タクシーは後部座席に一人、公共スペースや職場などでは人と人との間隔を少なくとも二メートル空けるなど細かな制限が設けられ、違反者は刑罰に問われます。罰則付きの外出制限は他国でも行なわれていますが、イスラエルらしいと私が思ったのは、新型コロナウイルス感染者のスマートフォンにハッキングして行動を把握するというものです。侵入したスマホのGPS情報から、感染者がどこをどう移動し、誰に会ったのかがわかる。感染拡大の恐れがあると判断した場合、その人のスマホに警告を送るというのです。これは、議会の承認を経ず、ネタニヤフ首相の独裁で行なわれています。

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