■総務省も制度見直しを検討

 現状では、誹謗中傷された被害者が、膨大な労力と時間、弁護士費用などの金銭的な負担を負わなくてはならない。さらにはここまでしても加害者を特定できないこともあり得る。加害者が自分の名前で契約しているスマートフォンなどから投稿している場合であれば、特定はまだ容易だが、加害者にインターネットなどの知識があり、IPアドレスから自分を特定できない状態にしたうえで投稿していれば追跡は困難を極めることになる。

「匿名の投稿者が、相手に意図的にばれないようにしようと思えばそれほど手間をかけなくても実行可能です。誹謗中傷された被害者が加害者特定のために取らなくてはいけないアクションの手間と比較すると、加害行為は極めて簡単にできてしまいます。このような非対称性が、誹謗中傷の投稿が起きやすく、防御しきれないことの要因になっているのではないでしょうか」(三平弁護士)

 誹謗中傷された側は、精神的に傷つけられるのはもちろんのこと、その投稿を鵜呑みした人によって二次的な被害をもたらされたり、社会的信用を失ったり、今回の木村花さんのように追い込まれることもある。

 4月末には、発信者情報開示請求の手続きに時間がかかることや投稿者が特定できない事例が増えていることなどから、総務省が見直しの検討に入っていた。そして5月26日、木村花さんの一連の問題を受けて、高市早苗総務相がネット上の発信者の特定を容易にし、悪意のある投稿を抑止するため制度改正を検討する意向を示した。

 SNSなどが普及するにつれ、インターネット上の人権侵害は年々増加傾向にある。新型コロナウイルスの感染拡大で感染した人などへの中傷や、今回の木村花さんの事件によって社会的な関心が高まり、制度改正への動きは被害をなくす第一歩であることには違いはない。しかし、もとをただせば匿名で根拠なき誹謗中傷したり、一方的な正義感を振り回して悪質な投稿を行ったりする人々こそ責任を負うべきだろう。

 ここで解説したように、かなりの労力や費用はかかるものの、発信者情報開示請求によって匿名加害者の追跡は可能であり、今後、総務省を中心とした見直しが進めば、裁判による責任追及へのハードルが低くなる見通しもある。「匿名だからバレない」「軽い気持ちでやった」という言い訳は決して通用しないのだ。          (吉川明子)