(ここで、同席していた天龍プロジェクト代表・娘の嶋田紋奈さんが割って入って)「この人(天龍さん)、こう言っていますけど、その後、自分が飲んで帰ってくると、毎回そうめんを食べていますからね」

 うん……(苦笑)。女房に大文字関の話をしたら覚えてくれていてね。今はあまり飲みに行かなくなったけど、10年前くらいまではいつも用意してくれていたよ。大文字関は俺の人生でも非常に印象に残っている人で、彼から受けた影響も「宝物」と言えるだろうね。飲んだ後にそうめんを食べるようになったことも含めて(笑)。

 こうして振り返ってみると、俺にとっての“宝物”は物じゃなくて、いろいろな人との出会いや経験したことなんだとつくづく感じる。それに、家族が見守ってくれて、何かにつけてテイクケアしてくれることも俺の宝物だ。プロレスでも「トロフィーを獲って思い出を増やそう!」という気持ちで頑張って突き進んだ過去があって、その姿を見ていてくれたからこそ、家族やファンが今日の天龍を大事に扱ってくれていると思うし、そんな今の状況がすごく嬉しい。

 そして今、コロナ禍の状況の中で一生懸命働いている人がいて、その姿を子どもたちが見ているわけだ。将来、その子どもたちが「あのときの日本人は一生懸命だった」って言ってくれる日がきっと来ると思うよ!それがまた宝物になるわけだ!

(構成・高橋ダイスケ)

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天龍源一郎

天龍源一郎

天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす。

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