魂こもったプレーの数々… “泥臭いゴール”が魅力的だったストライカー列伝 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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魂こもったプレーの数々… “泥臭いゴール”が魅力的だったストライカー列伝

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2002年に日本で開催されたワールドカップでのゴールが記憶に残る鈴木隆行 (c)朝日新聞社

2002年に日本で開催されたワールドカップでのゴールが記憶に残る鈴木隆行 (c)朝日新聞社

 サッカーにおける最大の醍醐味はゴールである。そしてそのゴールは、しばしば「華麗な」や「豪快な」といった言葉で形容される。しかし、それだけでは勝利をもぎ取ることはできない。チームを勝たせる真の点取り屋になるためには、体を投げ打ってでもゴールネットを揺らす「泥臭いゴール」が必要だ。

 1993年に開幕したJリーグ。これまで2万2000を超えるゴールが生まれて来たが、その中でも最も多くの「泥臭いゴール」を奪った日本人ストライカーと言えば、“ゴン中山”こと、中山雅史で間違いないだろう。技術的、肉体的に特筆すべきものは持ち合わせていなかったが、動き出しの速さと痛みを恐れぬゴール前への気迫の飛び込みで、歴代3位となるJ1通算157ゴールをマーク。

 ジュビロ磐田黄金期の1998年には4試合連続ハットトリック記録するなど歴代最多記録となるシーズン36得点を記録した。日本代表としても、1993年の“ドーハの悲劇”を経験した後、1998年のW杯フランス大会で、日本代表唯一にして、記念すべきW杯初ゴールを記録。闘志あふれるプレースタイルで、チーム全体に活力を与え、仲間がピンチの時にこそ最大限の力を発揮した。「僕はチームが下痢のときと便秘のときだけ使われる」とは本人評。2002年のW杯日韓大会では、ファンの間の「中山待望論」を受けてメンバー入り。国際Aマッチ通算53試合で21得点を記録した。

 その中山に憧れ、そのプレースタイルを「常に参考にしてきた」と語るのが、現スペイン2部のウエスカに所属する岡崎慎司だ。滝川二高から清水エスパルスに入団。「8人いたFWの中の8番目」という立場から飽くなき向上心で力を伸ばし、北京五輪出場後の2008年9月にA代表に初選出された。豊富な運動量をベースに、前線から激しいチェイシングを続けながらDFラインの裏へタイミングよく飛び出し、ユニフォームを汚しながら数々のゴールを記録してきた。


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