さらに大きな課題は、民間試験の受験機会が平等でないという点だった。経済的に豊かな家庭の受験生は練習のために何度も検定を受けられるが、そうでない受験生もいる。さらに地域によっては自分の居住地では受けられない試験があり、離島などに住む受験生は宿泊費をかけて検定を受けに行かなければならない。

 萩生田光一文部科学相はこの問題について、昨年10月24日のテレビ番組で「(民間試験は)自分の身の丈に合わせて頑張ってもらえば」と発言。教育格差を容認する発言として批判が集まった。そして11月1日、「(受験生の)経済的状況や居住地域にかかわらず、等しく安心して受けられると自信を持ってお勧めできるシステムになっていない」ことなどを理由に、民間試験の導入延期を発表するに至った。 

 高校現場はどう受け止めたのか。東京都立両国高校で英語教員を務める布村奈緒子教諭はこう話す。

「実施を前提に、保護者会を開くなど、民間試験受験について周知に努め、準備をしていました。この努力は何だったのかと愕然としました」

 千葉県の成田国際高校で英語を教える下村明教諭(取材当時)は、「これまでにかけた時間を返してほしいというのが多くの教員の思いだったと思います」と話す。

■延期発表後も続いた混乱

 延期が決まってからも、保護者や受験生の間では混乱が続いていた。それは、導入延期=民間試験を受けなくてもよい、ということでは必ずしもないからだ。

 というのも、延期されたのは共通テストと併用して活用されるシステムのみ。文科省はむしろ民間試験の入試への活用を推奨しており、大学によっては独自に民間試験を課すところがある。また、導入延期により、独自に活用を決める大学が出てくる可能性もあるのだ。

 多くの受験生は昨年秋の時点で、英検の受験予約をしていた。英検を活用したい生徒は、受験する7カ月前までに予約し、かつその後決められた期間に「本申込」を行わないと、申し込みが確定しない仕組みだったからだ。英検を運営する日本英語検定協会の発表によると、約30万人の予約があったという。

 しかし前述の理由から、延期発表後も、多くの受験生たちは英検の受験予約をキャンセルするかどうかに悩まされた。埼玉の県立高校に通う高2の女子生徒の母親は、「混乱に憤った」と話す。女子生徒は「後悔しないように」と英検受験を予約していた。

「キャンセルできる締め切り日まで判断できませんでした。しかしやはり後悔するよりいいと思い、受験することにしました。私はシングルマザーで経済的に厳しいのですが、娘の教育費は食費を削ってでも捻出したいと思っていますし、英語はできたほうがいいので、英検受験も一つの機会だと捉えることにしました」

(文/稲田砂知子)

※「AERA English 2020 Spring & Summer」から抜粋