切符売り場に出向くと、その上に電光掲示の時刻表が映し出されていた。それを目にして、立ち尽くしてしまった。

 5分間隔、いや3分……そんな間隔で列車が発車しているのだ。これはもう東京駅並み、いやそれ以上ではないか。

 駅構内も混みあっていた。これだけの便数の乗降客が行き来するのだ。

 この街に新型コロナウイルスが発生した。感染の速さの一因は、武漢という街に人々が密集して暮らしていることだったと思う。都市の存在そのものが、ウイルス蔓延の舞台だった。

 武漢は閉鎖された。武漢駅から人の姿が消えた。都市に植えつけられたスピード感で感染者用の病棟が建ちあがっていく。そして世界は感染の速さに包まれていく。各国首脳が次々に発令する非常事態宣言を耳にするとき、いつも武漢駅が蘇ってくる。発着する列車のスピード感……。そして駅のあの混雑。誰もが求める豊かさの所産なのだが。

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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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