しかし、生活保護制度を利用しても、行政が住まいの確保にまで動いてくれるケースはまれである。福祉事務所の中には、立ち退きに遭っている高齢者が窓口に相談に来た場合、民間の宿泊施設への入所を勧めるところが少なくない。その中には、「貧困ビジネス」と言われる劣悪な環境の施設も多く含まれている。

 2016年12月30日、毎日新聞に掲載された「無料低額宿泊所 死亡、年150人 滞在長期化 東京・千葉」という記事によると、住まいのない生活保護利用者の宿泊場所として運営されている民間の宿泊所において、入所者の死亡が相次ぎ、東京都と千葉県の民間宿泊所だけで年間150人以上が死亡退所しているという。また同記事によると、「船橋市の宿泊所で死亡退所した19人は全員男性で、死因はがんが最多の8人。平均年齢は67・8歳、平均入所期間は4年8カ月で、最高齢は80歳、最長入所期間は8年7カ月だった」という。「貧困ビジネス」の施設が高齢者の「終(つい)のすみか」と化している現状があるのだ。

 私自身、生活困窮者の相談活動の中で、「貧困ビジネス」施設に10年以上暮らしていた高齢者に何人も会ったことがある。「貧困ビジネス」施設が社会問題になっていることを受けて、厚生労働省は2019年9月、民間の宿泊施設の設備や運営方法の最低限の基準を定めた省令を公布し、2020年度から運用をする予定である。居室の個室化も盛り込まれたが、従来から存在する多人数の居室については3年間の経過措置が設けられたので、規制の効果が出るのはまだ先のことになりそうだ。

稲葉剛(いなば・つよし)
一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事、認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表、立教大学客員教授、住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人、生活保護問題対策全国会議幹事。1969年、広島市生まれ。東京大学教養学部卒業(専門は東南アジアの地域研究)。在学中から平和運動、外国人労働者支援活動に関わり、94年より東京・新宿を中心に路上生活者支援活動に取り組む。2001年、湯浅誠氏と自立生活サポートセンター・もやい設立(14年まで理事長)。09年、住まいの貧困に取り組むネットワーク設立、住宅政策の転換を求める活動を始める。著書に『貧困の現場から社会を変える』『生活保護から考える』、
共編著に『ハウジングファースト』など。