もちろん「複数の生薬を同時に熱水抽出した場合、生薬成分同士の化学反応も考えると、生薬1種類だけを抽出した場合とは得られるものが違うのではないか」という議論はついてまわります。ですが何の調節もできなかったり、調節が難しかったりするよりははるかにいい、ということで「単剤のエキス剤を用いたさじ加減」は台湾では一般的です。

 ちなみに日本でも観光名所として人気の乾物&生薬問屋街の迪化街では、そういった薬店ではなく、生薬のことをある程度わかっていて、自分で煎じ薬を作ったり薬膳の材料を選べたりできる人のための薬店が並んでいます。体調に合わせて薬を選んでもらえるようなことはありませんので注意してください。

■日本旅行のお土産に日本の漢方が流行したことも

 一方で、こういった卸問屋で一般の人が気軽に買い物をするくらいに、台湾では「食事に生薬を取り入れることで体調を整える」といった養生の意識が行き渡っているのはなかなか興味深いところです。「養生○○」などのメニューを置くレストランも多く、頼むとまるっきり漢方薬のにおいのスープが出てきてぎょっとすることもあります。が、食べると薬のような苦い味がすることもなく、おいしい食事がいただけます。

 こうしてみると「さすが漢方の源流の国・台湾」と思うことが多いのですが、台湾の人からは逆に「日本の漢方薬は素晴らしい、信用できる」と言われて驚くことも多いのです。日本の製剤は「高品質の材料を用いて、高度に管理された環境下、精密な機材で厳密な規格のもとで作っているので、よく効くし安全性も高い」と受け止められているようです。

 現在、台湾では大気汚染が非常に問題になっています。大気汚染が原因と思われる呼吸器系の不調には日本の一般用漢方処方の「清肺湯」がよく効くということで、「日本旅行のお土産はドラッグストアの『清肺湯』」がはやりになったこともあります。ひょっとしたらどこでも「隣の芝生は青い」のかもしれませんが。(文・糸数七重)

糸数七重/Nanae Itokazu/東京大学薬学部卒。同大学院薬学系研究科修士課程、医学系研究科博士課程修了。博士(医学)、薬剤師。武蔵野大学薬学部助教などを経て現職。現在は本務校の姉妹校である台湾・台中の中国医薬大学との共同研究のため、台湾への長期出張を繰り返している。

※週刊朝日ムック『未病から治す本格漢方2020』より