父母のダブル介護は時間のやりくりに加え、精神的な重圧ものしかかる日々だった(※写真はイメージです)(c)Getty Images
父母のダブル介護は時間のやりくりに加え、精神的な重圧ものしかかる日々だった(※写真はイメージです)(c)Getty Images

 女性の50代は親の介護や看取り、子どもの巣立ち、また更年期による体の不調など、さまざまな変化が襲ってくる。それを乗り切り、この先の時間を楽しく過ごすためには、いかに自分を「ご機嫌」にしておけるかにかかっているのではないだろうか。筆者もまさに50代後半。両親の看取りを経て、燃えつき感から救ってくれたのは、意外なことだった。「私」の経験を紹介したい。

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■父母のダブル介護。看取った後は燃え尽き感に苛まれ

 私が50歳を少し過ぎたある日のこと、元気だった80代の母にがんが見つかった。十二指腸がんだった。それから、両親と同居していた私の介護生活が始まった。母は手術をして一時は回復したものの、3年後に再発。抗がん剤治療をするために、入退院を繰り返した。そんなとき、元気だった父も誤嚥性の肺炎で倒れて入院。父と母のダブルケアが私の日常になった。

 私は独身。仕事はフリーランスの編集者だ。会社勤めではないものの、仕事をしながらの両親の介護は、思っていたよりずっとハードだった。時間のやりくりや段取りはもちろんのこと、心に重くのしかかってきたのは、主治医から説明を受ける今後の治療法についての判断である。

 父と母の生きる時間を左右する治療法を決めるのは弟と私。しかもはじめてのことばかり。「自分たちの選択が最善でなかったら……」と、重圧に押しつぶされそうだった。その治療法を選んで果たしてよかったのか、今もときどき思い出すと、胸が苦しくなるほどだ。

 高齢だった父は、病状が回復することはなく、入院から半年後にあっけなく亡くなってしまった。一方、母もその間、がんがジリジリと進行していった。気の強かった母は痩せて小さくなり、弱くなり、私の介護なしではできないことが多くなっていった。

 そして最終的には入院し、1カ月ほど私が病室に泊まり込む生活を続けた。父が亡くなって1年後、後を追うように母も逝ってしまった。

「両親をきちんと看取ることができてよかった。重圧感からももう解放されたのだ」
 

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何をしても楽しくない…このまま枯れてしまう?