しかし、ACPをしていなかった、かかりつけ医と連絡がとれなかったという場合には、救急隊は、通常通り心肺蘇生を続けて搬送します。

 搬送先の医療機関の医師は、胸骨圧迫などを継続するほか、口から気管に管を通し(気管内挿管)、肺に空気を送る、心臓に近い静脈に管を入れ(中心静脈カテーテル)、そこから強心剤などの薬を注入する、体液のバランスを整える電解質輸液を点滴するなどで蘇生を図ります。

 その後どうなるのか、西田医師に聞きました。西田医師は、以前の救命医としての経験から、こう話します。

「心肺停止で搬送されても命を救うことは困難で、『手を尽くしましたが、かいなく亡くなられました』と家族に告げることが多かったのです。家族は、管につながれた姿に『こんなはずではなかった。次は(例えばおばあちゃん)、このようにはしたくない』と思う方が多いことを在宅医療に携わるようになって知りました」

 東京消防庁の鈴木さんによると、対応方針の運用を開始した19年12月16日からの3カ月間に心肺蘇生を望まない意思が示された事案は40件でした。そのうち、かかりつけ医に連絡がとれて心肺蘇生を中止したのが32件、医療機関に搬送されたのが8件でした。また、多くの事案を集積して事後検証を行い、対応方針の運用要領を見直すことになっています。(文・山本七枝子)

≪取材協力≫
鈴木翔平 東京消防庁救急部救急管理課計画係主任。第33期東京消防庁救急業務懇話会での「心肺蘇生を望まない傷病者の対応について」の検討に携わる。
西田伸一 医師。東京都調布市の在宅療養支援診療所、西田医院院長。東京都医師会理事。第33期東京消防庁救急業務懇話会専門部会委員。