たけしが“失敗”と語った共演でわかる志村けんさんの偉大さの理由とは? (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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たけしが“失敗”と語った共演でわかる志村けんさんの偉大さの理由とは?

連載「道理で笑える ラリー遠田」

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ビートたけし(左)と志村けんさん(c)朝日新聞社

ビートたけし(左)と志村けんさん(c)朝日新聞社

 その後、『全員集合』が終わって『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』が始まると、志村さんは加藤茶とタッグを組むことになった。加藤の方が年上で先輩ではあるのだが、加藤はいかりやさんとは違い、舞台の上で強権的に振る舞うことはなかった。

 志村さんと加藤は歳は離れているが対等なパートナーのような関係性だった。『加トケン』では場面ごとにボケとツッコミの役割を入れ替えて、どちらも前に出過ぎることはなかった。彼らには『全員集合』で培ってきた信頼関係があったため、自然にお互いが譲り合うことができていた。

 加藤がボケを担当するコントのときには、志村さんのツッコミ気質が全面に出てきた。志村さんのツッコミとしての振る舞いは萩本欽一に大きな影響を受けているように見える。

 もともと志村さんは萩本が坂上二郎と組んでいたコント55号のコントが好きで、お笑いを始めるときにコント55号かドリフのどちらに弟子入りしようか迷っていたほどだ。志村さんのツッコミは、どちらかと言うといかりやさんよりも萩本の影響が強い気がする。

 その後、志村さんは『志村けんのだいじょうぶだぁ』を始めた。ここでは田代まさし、桑野信義、いしのようこなど芸人以外のレギュラー陣と共にコントを演じた。この番組では、志村さんが「変なおじさん」「ひとみばあさん」に代表されるような個性的なボケのキャラクターを演じて、ほかのメンバーがそれに振り回されるというネタが多かった。

 しかし、コントによってはほかの人をボケに回して、志村さんがツッコミを担当することもあった。だからコントのバリエーションが豊富で、さまざまな形を試すことができた。

 志村さんがコメディアンとして偉大だった理由の1つは、ボケとツッコミの両方において高い能力を持ち、相手によってその役柄を使い分けていたことだったのだ。(作家・ライター・お笑い評論家 ラリー遠田)


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ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・ライター、お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)など著書多数。近著は『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)。http://owa-writer.com/

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