赤津は未知の植物を探し出すため山深く分け入ったり、東京の貧民街を巡り歩いては、米の代わりになるようなものを探し続けた。あるときにはワラすら食べている。

 ワラ餅というのは、石灰を加えた水に浸し続けたワラと餅米を混ぜたものだが、もちろん美味いはずがない。

 そんな生活の中で赤津は、卯の花(オカラ)だけを食べ続けているのにもかかわらず、頑強な身体を持つ貧民街の人々と出会う。そこで赤津は卯の花を代用食としてはどうかと考え、卯の花飯というのを試みている。これは同量の米と卯の花を炊くというもので、当たり前だが美味くはない。食べれば食べるほどに、米の美味さが懐かしくなるような味だった。

 とある老人から聞き出したのは、餅に卯の花を混ぜるというレシピで、実行するとなかなか美味い。これは良いと数日は続けるも、赤津は胃腸を壊してしまう。何とかならぬかと卯の花のことばかり考え続け、美味くもないものを食べ続けるうち、とうとう赤津は異常な気持ちの落ち込みに苦しみ始める。

 そこまで大変なら、いい加減なところで止めてしまえばいいのにと思うわけだが、とにかく赤津はしぶとく粘り強い。この危機も、古書を紐解き「保寿散」という薬を発見して乗り越える。これは黒胡麻と胡椒、そして蜜柑の皮とダイダイの皮、麻の実を混ぜたものである。飲めば気分が爽快になるそうだ。効果の程は保証できないが、とにかく赤津は元気になった。

 復活した赤津は、不味いものを食うために薬味の研究にも没頭し、ありとあらゆるものを米に混ぜて実験しているが、なかなか上手くいかない。

 ある日のこと、赤津は餅がダメならパンはどうだと思いつく。ものは試しとばかりに小麦粉を購入し実験を開始するが、どうも赤津という人は料理はあまり上手ではなかったようだ。彼は卯の花に小麦粉を適当に混ぜ、そのまま焼く。これではパンになるはずもない。

 当然ながらペンペラの、伸びない餅のようなものが焼き上がる。ところが食べてみると、思いのほかに美味い。これまで食べ続けてきた麦飯や卯の花飯とは、比べものにならないくらいに美味である。

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卯の花餅と名付け喜んだ赤津…