そうかと思えば、お客さんが入店するたび私の頭上で「いらっしゃいませー!」と大声を出す。その度ビクーッと驚く私。そのあとはすぐに「かたい……かたい……」に戻ります。もうコントです。

 顔をグイグイ、首筋をグリグリ、デコルテをザザザーッと大雑把に流して60分4980円。「電車まだある?」と心配してくれる優しさ含め、私はアリだと思いました。無愛想でも大雑把でも、効果が感じられるだけでなくちょっとした気遣いがマニュアルチックでなく優しいんですよね、アジア系の施術者さんたちは。

 会計を済ませ帰ろうとしたら、先程の施術者さんが私を呼び止めました。

「私、5番。今度また予約よろしくお願いします!」

 一瞬なんのことかわかりませんでしたが、どうやらアジア系にしては珍しく指名を採る店のようです。客が施術者さんの名前を覚えられないと思っているのか、名前の代わりに施術者さんごとに番号が付けられている。番号って……。一気に気分が沈みます。

 経営者さん、そういうところはちゃんとして。こっちも名前は覚えるって。会員券に書いてくれたっていいんだし。申し訳ない気持ちでいっぱいになりましたが、感傷的になっているのは私だけかもしれません。異国で働く彼女は、私よりずっとたくましいのかも。

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ジェーン・スー

ジェーン・スー

(コラムニスト・ラジオパーソナリティ) 1973年東京生まれの日本人。 2021年に『生きるとか死ぬとか父親とか』が、テレビ東京系列で連続ドラマ化され話題に(主演:吉田羊・國村隼/脚本:井土紀州)。 2023年8月現在、毎日新聞やAERA、婦人公論などで数多くの連載を持つ。

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