82年に中日に入団したモッカもよく日本になじみ、チームメートやファンから愛された助っ人だ。1年目は英語オンリーだったが、2年目のキャンプでは、牛島和彦に「ヒジ、ダイジョウブ?」と片言の日本語で話しかけたり、スポーツ新聞に載っている球団名や球場名の漢字をスラスラと読むなど、一気に上達。オフの間に、一生懸命日本語を学んでいたようだ。

 麻雀にも積極的に参加し、進んでチームに溶け込んでいったモッカは、最終試合となった85年9月19日の巨人戦(ナゴヤ球場)の試合終了後、一塁ベンチ前でナイン全員に胴上げされた。助っ人が退団に際してグラウンドでお別れの胴上げをしてもらったのは、もちろん初めての出来事。大島康徳も「あんないい奴はいなかった」と最高の賛辞を贈っている。この試合に先駆けて選手食堂で行われたお別れパーティーでは、一塁手の谷沢健一に「オレの暴投は、この網で捕ってもらえば良かった」とセミ捕り用の網をプレゼントするなど、なかなかのユーモアセンスの持ち主でもあった。

 日本食にすっかりハマった助っ人もかなりの数に上る。2010年から6年間阪神に在籍したマートンは吉牛が大のお気に入りで、新幹線新神戸駅前の「吉野家」で特盛り4つを買って移動中の車内で完食したというエピソードもある。マートンと同時期に阪神のチームメートだったブラゼルも吉牛の大ファンで、帰国後にニューヨークの「吉野家」を訪れた際の画像をネット上で公開するほど入れ込んでいた。

 寿司とくれば、真っ先にレアードの名が挙がる。日本ハム時代に白井一幸コーチに紹介された札幌市内の寿司店で炙りトロの握りにハマって以来、“勝ち飯”として欠かせなくなり、ホームランを打った直後の“寿司ポーズ”(寿司を手で握るポーズ)もすっかりおなじみに。ロッテ移籍後も大エビ3貫、のどぐろ2貫入りの「レアードの幕張寿司」が発売され、ZOZOマリンスタジアムの名物にもなっている。

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ラーメン好きの助っ人も