鮫島弁護士によると、何十年も家に帰ってこなかった夫でも、自力で生活できない状態であれば、妻や子に「扶養義務」が発生するというのだ。

「扶養には、生活に必要なお金を援助する『金銭扶養』、衣食住などを現物で提供する『現物扶養』、同居して世話をする『引取扶養』があります。このうち、引取扶養については扶養義務者に精神的・身体的負担が大きいことから、調停では金銭扶養のみ命じられるケースがほとんどです」

 金銭扶養の義務については、認知症が進行しているケイコさんも例外ではない。判断基準はあくまで「経済力」(鮫島弁護士)なのだ。

 また、扶養義務には大きく分けて「生活保持義務」と「生活扶助義務」の2つがある。

 生活保持義務とは「自分と同程度の生活を相手にもさせる義務」のことだ。これは夫婦がパートナーに対して、親が未成年の子に対して、それぞれ負う義務である。

「例えるなら、夫婦の食料が葉っぱ一枚しかないのであれば、それを二つに割ってでも相手に分け与えなければいけないということ。夫婦は運命共同体なのです」

 対して、子が親に対して負うのが生活扶助義務だ。自分の生活に余力がある場合に限り、その余力分だけを親の扶助にまわす義務である。負担の程度に差はあるものの、妻と子のどちらにもヨシオさんを扶養する義務があるのだ。

では、どんな事情があっても、パートナーや親の扶養義務から逃れることはできないのか。

「過去には、家庭を顧みずに家を出て行った夫からの『扶養請求調停の申立て』に対し、家庭裁判所が『信義則に反して認められない』という判断を下したケースもあります」

 信義則とは、「権利の行使は誠実に行われなければならない」という原則だ。簡単に言えば、「都合のいいときに権利ばかり主張してはならない」ということである。

 だが、鮫島弁護士はヨシオさんのケースについて、「信義則に反しているとまでは言えないのではないか」と考えている。

「家族の話を聞くに、ヨシオさんは家庭を顧みなかった一方で、子どもへの愛情はあったようです。実際、家出をしたマイコさんを待ち伏せ、家に連れ帰ろうとするなど、親としての行動もしています。扶養請求が認められるかは裁判官によって判断が分かれるところ。しかし憲法で『生存権』を保障している以上、困窮している人を簡単に切り捨てるわけにはいきません」

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不倫には時効が…